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普通の日記

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2001年03月20日(火)
春分の日のこと

日曜日から発熱している光太朗は他の症状の回復に比べて熱だけが治まらない。
見た目にはすっかり元気な様子なのに朝の検温でも38℃。
だから春分の日のお休みは光太朗の体調回復になんとも有難いタイミングです。
隆之介は毎週火曜夕方からのN塾の授業が祝日日程で朝から行われたり
カブスカウトの活動やら振り替えたスイミングで多忙な1日だったけど。
塾が8時40分から9時50分で9時開始のカブ活動には遅れて合流したんだけど
車の中で着替えをしたりとそれはそれは大忙しだったんだもの。
午後5時半からのスイミングにはいつものようにスクールバスを利用。
帰りは旦那が迎えに行ったけどホント隆之介ったら頑張るよねー。
義母と旦那の買い物ついでのお迎えだったから
バスで帰宅した方が早かっただろうってくらい帰りが遅くなっちゃったのは気の毒だったけど。
で、多忙な隆之介は別にして光太朗と私は本来はお出かけ予定。
独身時代にアメリカ&カナダを旅行した時にツアーで一緒だった兵庫の友人が上京してるから。
子連れOkってことだったから妹の3歳の長男を交えて上野辺りで会おうって予定だった。
当然急な発熱で予定はキャンセル。
光太朗も楽しみにしてたはずなのに友人との再会は妹限り。
でも上野には行かれなくともそれなりに気分がよくなった光太朗は
義母の朝のお散歩について行きたいって自分から着替え。
当然断固却下。
ゲームやカルタなど室内で遊べるものを見つけて暇つぶしです。
もちろんお相手は私と隆之介だけ。
味覚もボチボチ回復してるみたいで適度に食欲も復活してるし
今日1日のんびり過ごせば明日からまた元気に登校できそうだから無理は禁物だもの。
徐々に38℃から37℃に下がって夕方になって36.6℃を確認した時はみんなで一安心。
結局処方されてた4服の解熱剤は3回服用しただけで済んじゃった。
38.5℃以上って目安だけど解熱剤ってそんなに頻繁に服用できないから。
熱性痙攣を起こした経験のある隆之介より熱に強いってのも頼もしい。
今夜もお風呂だけは入れなかったけど宿題に手をつける余裕も出てきたしもうほぼ大丈夫だろう。
で、光太朗に「治ってよかったね」って。
嬉しそうに「明日学校で暴れないようにしなくちゃ」。
祖母が看病してくれたことや
いつも喧嘩ばかりの隆之介が優しかったことに感謝の言葉を口にしていたわ。
ママが1番だったのは公然の秘密よん。