宿題

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2005年10月25日(火) 連翹/小沼丹
─どうも暫く。
何だか久し振りに小山さんに会って懐かしいから、立話を始めたら、
どうも調子が怪訝しい。はてな?と首をひねった。小山さんが、
──あの人は、お元気ですか?
と云う。当然、あの人、の名前が出て来るものと思って待っているが、出てこない。
小山さんは拳で額をとんとんと叩いて焦れったそうな様子をする。
それから、手を押して東の方角を指すから、
──清水町先生ですか?
と訊くと、そうだと云うことになる。
小山さんは亀井さんと親しくて、亀井さんに世話になったという話を聞いて知っていたが、
その亀井さんの名前も口に出して云えない。たいへん驚いた。
その后、駅前通の珈琲店で小山さんと話したが、話をするのに大変苦労したと思う。
一体、どうしてそんな状態になったのか?
不思議でならなかったが、小山さんは、
──病気です。
それも遠からず癒る筈だ、と余り心配していないような口吻だったが、
内心はどうだったろう?
買物に行って、肝心の品物の名前が出て来なくて店員が間誤つく、
そんな話をして小山さんは笑ったりしたが、聴いている方はとても笑えない。
珈琲店を出て一緒に駅前の方に来たら、西の空が真赤に燃えていて美しい。
小山さんがそれを指して、別に痞えずに、
──夕焼だ。
と云ってたいへんうれしそうな顔をした。その顔がいまも眼に浮かぶ。
后になって誰かが、小山さんの病気は失語症と云って難しい、多分、
癒らないのではないか、と云うのを聞いて非常に淋しかった。
言葉に全てを懸けた人間が、その言葉を失ったら、一体どうすればいいのかしらん?


★連翹/小沼丹★

マリ |MAIL






















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