宿題

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2005年02月08日(火) パラレル/長嶋有
まずはポットとカップにお湯を少し注いで温める。

温めているうちにお湯をさらに沸かしてぐらぐらと沸騰させる。

温まったところでポットとカップの湯を捨てる。

ポットに付属の茶こしをとりつけて、ティースプーンに山盛り一杯の茶葉をいれる。

カップに沸騰したお湯をいれてから、ポットにうつす。ほら、少しも難しくない。

ところが、注いだお湯は茶こしに入った茶葉の浸るところまで届かずに底のほうに溜まっている。

一人分にしてはポットが大きすぎた。

茶こしを使わずに直接葉をいれて、注ぐときに茶こしを使ってもよかったのだが、

一度お湯を注いでしまったからいまさら遅い。僕は舌打ちした。

このままでは茶葉がもったいないので、マニュアルからは外れることになるが、

茶葉をさらに足して、やかんにあった残りのお湯をほとんど注いだ。

食器を洗うつもりで多めに沸かしておいたのだ。たっぷり三人分はあるだろうが、

どうせおかわりをするからいい。

再び隣室に走る。使えそうなカップを探した。

マグカップ以外には、ビール用のコップや計量カップしかない。

茶葉が開く時間は三分だから、もたもたしてはいられない。

できればそれらのカップにも残りのお湯を注いで温めておきたい。

こういう性格が妻の気持ちを冷ましていったのか。一瞬立ち止まる。

茶碗をみつけた。それではまだ余ると考えて、

仕方がないから「耐熱」と書かれた計量カップを使うことにする。

やがて台所に三本の湯気が立ち上った。マグカップを手にとり、口を近づけてすすって、満足した。

とてもいい茶葉だと思い、教会でのもてなしを思い返す。

天国とは、あの空間そのもののことではないか。

マンションの扉に鍵のささる音がした。まだ夕方の六時だ。

津田がこんな時間に帰ってくるはずがない。不審者かと思い身構える。

身構えたところでいざというときになにをすればいいのかは考えられなかったが。


★パラレル/長嶋有★

マリ |MAIL






















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