その運転手は、私が社車内に乗り込むなり、
「俺って、ラッパーなんだけど、お客さんラップOK?」
と訊いてきたのである。<ラッパー>というのが、これまた分からなくて、
おそらく、特殊な─この場合、金髪の─タクシー運転手を指す俗語か何かだろうと思い、
よく分からないまま「OKですよ」と、答えてしまったのがまずかったのである。
いきなり凄まじいリズムが大音量で流れ出し、
そのリズムに合わせるかたちで運転手が何ごとか喋り出したのであった。
とても熱狂的で、とにかく「急いで伝えたいことがある」というのは伝わってくるのだが、
肝心の言葉が日本語のようでありながら英語のようでもあり、
ほとんど私には理解出来ないものだったのである。
かろうじて聞き取れたのは「俺はラッパー・ドライバー」という繰り返し。
「ロチュー」「メンテー」などといういくつかの外国語。
そしてクライマックスと思われる部分で早口言葉のように繰り返された
「俺の車は黄色くて、俺の肌もイエローで」というフレーズだけであった。
実にエネルギッシュで、エキサイティングなフィーバーであるのは分かったのだ。
のみならず、彼が相当に高度な<ブレス>のテクニックを持っていることにも私は驚嘆したのである。
彼は、信じ難いほど長いフレーズを、
まったくの息つぎなしで何度も繰り返しこなしてみせたのだった。
もしもこの金髪青年が、私と同じ道を歩んでいたとしたら、
おそらくかなり高いレベルのホルン奏者になっていたに違いなかった。
私の知らないところに奥深い世界がある。
★Bolero 奏者�供〕輯�せぬ出来事/吉田音★
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