昨日教授会が大所帯で会議にならないと書いた。教授会の前段階のものとして,執行部だけが話し合う,執行部会議というのがある。こちらはかなり率直な話し合いが行われる。私は,大学院MBAと文理総合インスティティートの両方で執行部として仕事をしている。さすがこちらは濃密な話し合いとなる。だから,教授会での会議がつまらなく見える。
ただ,大学の教学組織というのは,企業から見えた方には奇異に思われるようだ。それは予算権限がほとんど無いと言うことである。これで何か事業を行うことなどできない。事務局がそれを担っているが,教学的な決定は教学組織が行うが,予算的なものは事務局が行うというのが大学の組織である。まだ,インスティテュートなどは教学側も少しは予算についてつっこんで話すことがある。だから,事業もしやすい。教授会はそうではない。
通常,金を握っているのが権力を握ると言うことになる。ということは,教学組織は本当のところは権力を握っていないと言うことになる。だから,教授会の会議がつまらなく見えるという面もある。実はこの問題は,かなり根が深い。ここではあまり書くことができないけれど,昨日書いた権限委譲,分権化の問題と,実は密接な関係がある。大学が機動的に動けないのはそのあたりにも原因がある。国立大学などその典型だろう。私立大学でも,これまで述べてきたように,同様な問題はある。そして,当分これが改善される見通しがないように思える。文部科学省という官庁に規制されている大学という組織では,なかなか民間のような機動的な動きがしにくい。構造的な問題もあるので,なかなか難しいと思う。ブレークスルーの方途を探る必要があるのでは無かろうか。それが株式会社立の大学に期待されたところだが,実際にはそれも無理なようだ。
ディーン,学部長に予算権限を与えるくらいの改革が必要だろう。そこでは教授会が小姑的な発言をするという今の仕組みでは成り立たないだろう。大学組織の根本的改革が必要だろう。その場合,学部長の責任は今よりかなり重いものになるだろう。その任に堪えられる人材が育っているだろうか。これまでの日本の大学ではそんな発想がなかっただけに,困難が多いと思う。
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