昨日も教授会があった。通常,会議は10人あまりまでの人数で濃密に行い,決定をする場であると考えられている。あまり大人数だと会議の体をなさない。教授会などその典型だろう。50人もの人数が一堂に会して,実のある話ができるとは思われない。発言者が決まってくる。おまけに,本当の意味ではほとんど何も決めていない。決めないと言うより,周知徹底・承認の場と化している。この人数で,かつ,本部主導の経営を行うと,こうなるわけだ。
現場で決定できることが限られている。上意下達の場と化しているかにみえる。確かに,この大学では全学的決定のスピードが速いと言われている。その通りだろう。通常の大学ならこんなスピードは無理だ。その点が社会で評価されてもいる。ところが,教授会が形だけはかつてのままである。すると,勢いこうなる。組織を改編し,権限の配置も変えないといけないのだけれども,そうなっていない。その結果がこういうことになる。誰もが疑問に思いつつ変えられない。
教授会に決定権限があるというのは,立て前にしか過ぎなくなっているように思う。それで自己満足している人もいるようだ。若い人たちは,本音ベースで考えているのだろう。そして黙って聞いているのであろうと思う。ましてや,大学の組織が大きくなりすぎている。本当は権限委譲すべき所はしなければならないと思う。ところがそれができない。立て前に縛られているからだろうと思う。悩み深いところだ。
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