昨日の日経朝刊「経済教室」で「労働契約を考える・上 労使の自治に委ねよ」(安藤至大・日本大学助教授)という「論考」が掲載されていた。私はよく知らないが,安藤氏の専門は経済学・契約理論,だという。だから,契約理論に基づいて,労働契約を考えようと言うわけだ。労働法に限らず,近年法律を経済学的な契約理論に基づいて解釈する理論がはやっている。コーポレート・ガバナンス論でもその傾向が見られる。だが,コーポレート・ガバナンス論は会社法,広い意味では財産法・債権法の分野での適用だから,まだしもだが,労働法の分野にこれを持ち込むのはいかがなものかと思わせられた。
コーポレート・ガバナンス論にこれを持ち込むことも問題ではある。確かに契約は私有財産権と対になって市場経済メカニズムを法的に裏付けるものである。自由な契約を行うには,パワーの配分が平等であってこそうまく機能する。だから,企業法の分野でも独占禁止政策が支持される。力の不平等の下では自由な契約は出来ないからだ。会社機構自体が,かつては独占禁止政策の対象になったくらいである。
ましてや,労働法の分野で自由な契約が可能になるためには,力の不均衡を是正しておかなければならない。安藤氏の論考では,団体交渉権などがあるから労使の力の均衡は保たれるとする。ホワイトカラー・エグゼンプション,つまり一定の条件を満たすホワイトカラーに対して,現行の労働時間規制を免除する制度,について,論じられているにもかかわらず,団体交渉権など持ち出す。確かに,労使一般を論ずる目的でこれに言及しているに過ぎないのかもしれないが,トリッキーである。ホワイトカラーに労働時間規制が当てはまるのかどうかと言う問題意識は良いかもしれないが,これを労働契約の自由化という契約理論で論じるのには無理がある。
この論考の至る所に無理が見られる。すり替えが見られる。労働者保護が結局現在働いている労働者の既得権益を守っているに過ぎないという指摘は当たっているとしても,だからホワイトカラー・エグゼンプション導入は良いとするのはすり替えである。むしろ,導入する際の条件を綿密に論ずるべきだと思う。現在の労働法制が必ずしも十分機能しているとも思えないが,だからこそ,どこが問題でどうすべきかを論ずべきだと思う。それを契約理論で大上段に振りかぶって,かつ,ホワイトカラー・エグゼンプションにかこつけて論ずるのは一体なぜか。制度設計に当たっては,冷静かつ論理的で説得的に議論を展開すべだと思う。それを,すり替えのような議論で紛らわせるのは良くないと思う。皆さんいかがお考えだろう。
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