singersong professor KMの日記

2006年10月20日(金) いじめ自殺再論

 いじめ自殺について,ワイドショーが何度も取り上げている。父母,とりわけ母親にとって関心の深い問題だから,視聴率が稼げるからだろう。この問題について,感情論ばかりでつっこんだ分析が少ない。問題は大きく分けて2点だろう。1点は,いじめ,自殺,という事実問題,その原因究明などだろう。もう1点は,この問題への教育委員会や校長の対応,事後的処置だろう。

 前者の問題はさらに,いじめ問題といじめ対策の二つに分けられる。いじめはないに越したことはないが,なくならないだろう。ではいじめにどう対処するか。自殺に至らないようにするにはどうすればよいか,そういうたて方をしなければならないだろう。近年少子化もあって子供たちの,いじめに耐える力が弱くなっていることも事実だろう。とすれば,それを支える体制が必要なのだろう。

 問題は後者だ。問題が起こってからの処理をどうするかである。九州の事件を見ていても,校長は前向きに一度は対処しようとしたが,教育委員会から押しとどめられたのだろう。で,右往左往するばかりのように見える。町の教育委員会や校長に処理能力があるとも思えない。彼らに対する専門家のアドバイスが必要なように見える。日本企業でもしばしば,対応のまずさが露呈する。例の雪印乳業を持ち出すまでもなく,リスク・マネジメントに弱い。大企業においてすらそうであるから,地方の校長や教育委員会での対応能力の限界を超えているように見える。文部科学省も必ずしも十分対応し切れていない。企業その他の組織におけるリスク・マネジメントの能力を開発しなければならないのではないか。その専門家も少ないように思う。

 我が大学でもリスク・マネジメント論は,専任の教員がいない。外部にお願いしている状況だ。それでもこの講義を開講しているだけマシで,他大学で,この講義を開講しているところはあまりないように思う。研究者があまりにも少ないように思う。学問としても新しい。我が大学でも問題が起こったとき,十分対処できるのだろうか。隠蔽体質がないとは言い切れない。以前ここでも書いたように,原因究明や対応策を考えるよりも,「管理を強化します」という対策にもなっていない「対策」を打ち出しそうに思う。


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singersong professor KM