singersong professor KMの日記

2006年01月10日(火) 産業再生機構解散

 JR嵯峨野線、琵琶湖線ともに遅延していた。だから1時間あまりで到着の予定が1時間半以上かかった。で、4回生のゼミにぎりぎり間に合った。こんな日に限って大幅遅れ。早めにでているから遅刻することはないが、いつもながらのJR遅延に悩まされる。

 閑話休題

 日曜日の日経新聞に書いてあったが、「再生機構解散前倒し」とのこと。2006年度内に支援完了を目指すという。債権の回収も順調に進んでいて41件合計の収支も黒字になるという。それにしても、産業再生機構の設立が決定されたのが2002年10月で設立されたのが2003年4月だったから、90年代の不況の間中はこういった対策が講じられてこなかったということだ。金融政策一辺倒だった。

 私は、金融危機に際して「貸借対照表右側一辺倒の政策には無理がある。左側資産の側の処理が必要だ」と言い続けてきた。産業再生機構はまさに貸借対照表左側の政策だ。遅きに失したが、最近の景気回復をみればわかるように効果的で、また、黒字が見込まれるように、結果的にたいへん「安上がり」の政策だったことがわかる。

 私からすれば、「だから言っていたでしょう」ということになるが、相当の出血の後になって、やっと治療を始めたような感じだ。もっと早くからこの政策をとっていれば、ここまでの出血はなかったはずだと思う。

 要するに、この間金融政策一辺倒で、産業政策がなかった。アメリカは80年代に日本を研究し尽くして、産業政策・情報技術政策を立案した。1985年の「ヤングレポート」(大統領産業競争力協議会発表)などが典型だ。アメリカは、元々産業政策は日本より弱かったが、ここのところ産業政策と金融政策をバランスよく採用してきた。逆に日本は、最近金融政策に偏りすぎた。それが90年代以降の不況深刻化の原因ではなかったか。

 デフレが完全に蔓延して、やむを得ずという格好で、産業再生機構を設置したように思える。もっと早く何とかならなかったものかと思う。今回の報道にふれて、その思いを新たにした。


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