「 ビリヤードをまあまあ上手にプレーできるのは、紳士の印である。
あまり上手すぎるのは、時間の使い方を間違えた人生の印 」
マーク・トウェイン ( アメリカの作家 )
To play billiards moderately well is the sign of a gentleman; to play it too well is the sign of a misspent life.
MARK TWAIN
文中の 「 ビリヤード 」 を 「 別の何か 」 に変えてもいいだろう。
たとえば、「 ゴルフ 」 なんてのも、共感する人が多いのではないか。
ゴルフの上級者に聞くと、そこそこのスコアを出したければ、やはり一ヶ月に3回以上はラウンドしなければならないと言う。
年に数回、断りきれずに付き合う程度で、上達しないのは当然の話だ。
行ってみると楽しいのだが、思いがけない方向へ飛んでいく小さいボールに悪戦苦闘する姿が目に浮かぶと、早朝から車を出すのが億劫になる。
どうせ早起きして出かけるなら、スキーや釣りのほうが性に合っているし、自己嫌悪に陥る場面も少ないのである。
しかしながら、世の中にはゴルフ好きが大勢いて、企業主催のコンペなんてものも、数が多すぎて避けられない状況にある。
半分は 「 やっかみ 」 かもしれないが、ゴルフの上手過ぎる人に対しては、日頃ちゃんと仕事をしているのかと、疑いたくなってしまう。
一芸に秀でていることは素晴らしい長所だけれども、ミスショットを連発する私を尻目に、まるでプロ並の正確無比なストロークを連発される。
そして見下すように、「 さすが、滅多にやらない割には上手ですね 」 などと、さらに追い討ちをかけるような言葉を発せられる。
で、ムキになってクラブを振り下ろすと、またとんでもない所へ飛ぶ。
毎回、こんな調子で 「 二度と来ないぞ 」 と心に誓うのだが、ハンデのおかげで上位に入賞したり、おだてられたりして、またコースに出てしまう。
一度、本格的にやってみようかと思った時期もあったが、仕事が忙しくて練習場にも通えず、結局は道具を揃えただけに終わった。
しかも、高いクラブを使っても成績が変わらなかったので、なんだか投資が無駄になったような気になり、ちょっと悔しい思いをした。
昔からゴルフは 「 紳士のスポーツ 」 などといわれるが、ゴルフをやっているときの自分は、舌打ちや悪態をつくことが多く、ちっとも紳士的でない。
空気のよい場所で、緑に囲まれてプレーするのは気持ちが良いけれども、自然愛好家は、「 ゴルフ場ほど自然を破壊する場所はない 」 という。
森林を伐採し、除草剤を撒いてコースを維持しているため、そういう見方もできるわけで、その観点からも 「 紳士のスポーツ 」 かどうかは疑わしい。
ただ、ゴルフのよいところは、「 一緒にラウンドすると仲良くなれる 」 という点で、だからこそ企業やサークルの親睦会としてよく利用されるのだろう。
競っていても、相手のミスや不調に期待することは少なく、ライバルのナイスショットには、不思議と迷いなく賞賛を送れるものである。
むかつくのは自分の腕前に対してだけで、他人に腹を立てることはない。
そういう意味では、やはり 「 紳士のスポーツ 」 なのだろうか。
ゴルフ場で 「 友情が芽生える 」 まではいかないが、取引先とプレーをして友好関係が強まったり、相手を深く知るきっかけになった記憶はある。
さほど体力や腕力がなくても技術力でカバーできるため、中高年者が参加しやすいスポーツであるという利点も、ゴルフの特徴だろう。
私の場合は、ほんの少し技術が身についてきた代わりに、歳をとって腕力が衰え飛距離が伸びなくなり、まるでスコアが上達しない状況にある。
そんなジレンマを感じながら、寒い中 「 新春コンペ 」 に参加してきた。
結果は惨憺たるものだったが、某社の役員と親しくなれ、奇跡的に放った一番の好打が 「 ドラコン賞 」 の対象だったので、賞品も獲得できた。
その勢いで、安易に次回も参加する約束をしてしまったのだが、次回は 「 韓国 」 でやると後で知らされ、日程の調整に苦しむ予感がしている。
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