| 2005年05月29日(日) |
開けてはならない玉手箱 |
「 私たちは、不必要なものだけが必需品である時代に生きている 」
オスカー・ワイルド ( 作家 )
We live in an age when unnecessary things are our only necessities.
OSCAR WILDE
おとぎ話の中には、教訓や、未来への啓示が多く含まれているという。
しかし、ちょっと理解が難しいものや、矛盾を感じる内容のものもある。
ある日、海岸を歩いていた 浦島 太郎 は、子供達にいじめられている亀を助け、後日、その亀に案内されて 竜宮城 へと出かける。
そこでは、鯛や平目の舞い踊りを眺め、美しい乙姫からの接待を受ける。
出発の日、「 けして開けてはなりません 」 という忠告と共に玉手箱を土産に渡され、元の生活に戻るのだが、周囲の風景はすっかり変わっている。
途方に暮れた挙句、何気なく玉手箱を開けると、またたく間に老人と化し、彼は自分が思っていた以上に長く 竜宮城 に居たことを悟る。
おとぎ話の 「 定番 」 ともいえる物語だが、腑に落ちない点も多い。
まず、「 なぜ、水中へ酸素ボンベ無しで潜れたのか 」 とか、「 鯛や平目が何のBGMで踊ったのか 」 といった点には目をつぶろう。
それに、「 乙姫とは何者で、なぜ亀を助けたことで接待されたのか 」 とか、「 なぜ、竜宮城内で浦島は老化しなかったのか 」 も忘れよう。
それよりも、乙姫が 「 開けてはならない玉手箱 」 を恩人への土産物として選んだ 「 贈答のセンス 」 というものが、どうしても理解し難い。
普通なら、「 サラダ油 」 とか 「 そうめん 」 とか 「 ハム 」 などが実用的で、特産物を自慢したいなら 「 シーフード 」 なんかが喜ばれるはずだ。
東南アジアへ旅行に行った友人から、置き場に困る 「 不気味な人形 」 を土産にもらうのと同様に、「 開けてはならない箱 」 なんて有難迷惑である。
識者っぽい意見によると、この 「 開けてはならない玉手箱 」 というのは、知人、友人の死に絶えた絶望から、浦島を救う最終アイテムだという。
それならそれで、「 帰ったら開けなさい 」 だとか、帰ったらどうなっているかという説明をしたうえで、使い方を教えるほうが親切だろう。
美女が意味深に 「 開けちゃダメよ〜ん、ウフッ♪ 」 なんて渡し方をするのは、ちょっと卑怯な気がするし、どうみても 「 罠 」 としか思えない。
私は、この物語を 映画 『 猿の惑星 ( 1968 米 ) 』 に似た SF であるという認識を持っているが、乙姫という 「 悪女 」 が出てくるところが凝っている。
いづれにせよ、箱を開けた途端に厳しい現実へ引き戻され、時代の移ろいと虚しさに気付かされるという結末は、なんとも 「 ブラック 」 である。
この週末に、私を一番驚かせたニュースは、フィリピンのミンダナオ島で 「 旧日本兵 」 が発見されたという話題である。
以前、横井さん、小野田さんが発見されたときも驚いたが、あれからさらに30年が経ち、戦後60年の歳月を経て発見されるとは思わなかった。
よくぞご無事で、孤独に耐え、今まで生きてこられたと敬服する。
人間は、電子レンジや、パソコンや、携帯電話や、エアコンや、六法全書や、天使のブラなどなくても、その気になれば生きられるのだ。
昔の彼女が 「 私、エルメス が無ければ死んじゃうの〜 」 と言ってたのは、どうやら事実ではないということに、ようやく気がついた次第である。
私には、彼らが命がけで生涯を賭して 「 守ろうとした未来 」 を、堂々と誇らしく見せる自信がない。
国旗、国歌を否定し、生徒に 「 日本は悪い国です 」 という洗脳を施すことにしか興味のない教師や、私欲のために国を売ろうとする政治家。
ぬるい環境を求め続け、上司が、会社が厳しいから精神を病んじゃいましたと主張する連中の多さや、それを擁護する社会の風潮。
靖国神社に参拝する度、中国、韓国の顔色を伺い、北朝鮮に国民を拉致されようが、文句も言えず、内外の圧力から武力も行使できない現況。
どこに、彼らの思い描いた 「 守るべき日本 」 などあるのだろう。
ご高齢ではあるけれど、特に健康状態に問題がなければ、彼らはいづれ 「 現実の未来 」 を知ることになるはずだ。
それを 「 開けてはならない玉手箱 」 にしたのは、現代を生きる我々全員の責任であり、私自身は 「 恥ずべき結果 」 だと思っている。
それは、彼らの知る 「 軍国主義 」 と、現在の 「 平和ボケ 」 とを比較した評価ということではなく、彼らに対する 「 私個人の気持ち 」 である。
戦争が良いとか悪いという論点とは別の感慨であり、国のために戦い続け、時間を喪失した彼らへの 「 申し訳なさ 」 から派生するものだ。
彼ら自身が、どのような感想を抱くかは不明だが、私には 「 お疲れさま 」 と、「 こんな国にしてゴメンナサイ 」 という言葉しか思い浮かばない。
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