部長motoいっぺい
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2005年05月14日(土) JOHN3:16

「JOHN3:16」と言う文字を見て、何のことかすぐ分かる人はどれぐらいいるのだろうか。日本語で書くと、「ヨハネの福音書3章16節」となる。
(ちなみにヨハネは英語でJohnである。先日逝去されたヨハネ・パウロ二世は英語ではJohn Paul �供淵献腑鵝Ε檗璽襦Ε札�ンド)となる)

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)


僕はクリスチャンではないので、聖書に関する知識は全くないのだが、イエスキリストの誕生にかかわる部分であるらしく、クリスチャンには有名な一節らしい。

この「JOHN3:16」を巡って、いま僕の住む州で議論が起こっているらしい。それは車のナンバープレートに関係がある。

車のナンバープレートの仕組みは、州によって大きく異なるが、僕の住む州では上位3桁がアルファベット、下位3桁が数字となっている。それに加えて、自分でナンバープレート番号を選ぶことができる制度もあり、これは7桁まで設定することができる。ただしこれには制約があり、「他人を攻撃したり、不快感を与えないもの」となっている。例えば「F○CK YOU」(俗にF Wordと呼ばれる)などは論外である。

この制度を利用して、「JOHN3:16」という番号を車のナンバーとした女性がいるのだが、それを見た別の人が、「車のナンバープレートを通して、信仰を強制させられた」と州政府に苦情を申し立て、現在審査中というステータスらしい。

どこかの州最高裁判所にモーゼの十戒を書いた石碑を置いたために、政教分離に関する裁判が起こされたのは日本でも報道されたと思うのだが、個人のナンバープレートまで、こういう議論に巻き込まれるとは思いもしなかった。


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