どんぐり1号のときどき日記
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2009年06月26日(金) 人生は色々だ

 午後は会社を休んで、父母を連れて病院。
 母親の手術の最終検査と医師による最終確認なので、親族の同行が求められていたのである。
 しかし13時に受け付けて、最終的に会計が終わったのが17時を完全に過ぎていた。ここの病院は、どうも待ち時間が長すぎるし、どれだけ待つのかの見当がつかないので、結構くたびれる。そして会計や雑務の事務員が少ないのか、妙に時間がかかるのも問題だろう。
 あと驚いたのは、診察医療の看護婦が、入院病棟の事は全然判らないのだという。まう院内感染やらなんやらで、仕事の受け持ちが違うのかも知れないが、診察室のすぐそばにリハビリ室があるし、そもそも看護婦が入院室にノータッチと言う事はないと思うのだが。医者のレヴェルではなんの新倍もないが、結局入院の部分が不安になってしまう。

 ところでマイケル・ジャクソンがお亡くなりになった。
 近年は醜態をさらし続けてきたが、これでようやく伝説になる訳だ。やはり彼のピークは1980年代であり、最近の彼を見ていれば、スーパースターとしては決して早すぎる死ではなく、むしろ遅すぎたくらいだ。
 ただ言っておくが、これは彼の才能を認めた上での発言だ。少なくとも1980年代の彼は希代のスーパースターであり、間違いなく世界のトップに君臨していた。だが同時に彼は弱い人間だというのは、周囲の発言から判っていたので、きちんとアドヴァイス出来る人が周囲にいなければ、自滅するのは時間の問題だったのである。つまり非常にかわいそうな人でもあったのだ。
 私にとっての彼は、やはりジョン・ランディスが監督した「スリラー」だ。この一作だけをとっても、マイケルは歴史に残る奇跡的な映像を作ったのだと思っている。

 等と書いていたら、ファラ・フォーセットが25日にガンで亡くなっていたそうである。
 こちらも驚いたが、私の場合はついついファラ・フォーセット・メジャーズと言ってしまう。やはり「チャーリーズ・エンジェル」の時代になじんでいるから、思わずそう言ってしまうのだ。
 ただ当時は、彼女の後釜のシェリル・ラッドの方が好きだったし、実はさらにジャクリーン・スミスの方が好きだった。とか書きつつ、実はケイト・ジャクソンが一番好きだったのである。なんだかんだ言いながらではあるが、この緩い番組も好きだったのである。


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