どんぐり1号のときどき日記
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今日は仙台マカナで「人間椅子」のライヴがある。 そのため午後から会社を休んで町中へ出る。朝から降っている雨は夜もそのままらしく、かなり鬱陶しいが、こうすれば万が一呼び出しが来ても「今外出先ですから」と断れるのだ。まったく難儀な会社である事だよなぁ。 という訳で、本屋へ行ったり中古CD屋へ行ったりしているうちに、あっという間に18時30分である。
店の前に行くと、入り口が狭いせいか、かなりの行列になっていたので、10分くらい歩いてから戻ると楽に入場できた。入ってしばらくしたら乙戸さんも来る。中は狭いのですぐに判るのだった。 以前来た時も感じたが、この狭さで本当に立ち席定員250人なのかと思うが、確かに少し数えてみると200人は入れるだけのスペースはある。ぎりぎり詰めれば確かに何とかなりそうではあるが、その状態でずっとロックを聴き続けるのは年寄りにはかなりきつい状況だろう。 ライヴは19時を少し過ぎたあたりから始まったが、音がひどく大きいのはともかく、残念な事に割れてしまっている。確かにロックには轟音も必要だが、ここは音が割れる直前でセーブして欲しかった。なにせヴォーカルの音も割れてしまい、歌詞が全く聞こえないのである。やはりロックも音楽であるからには、全ての音が聞こえなければ意味がない。歌詞が聞こえないのは、別に意味が聞きたいのではなく、全体の雰囲気として必要だからである。ヴォーカルも楽器の一部なのだから、全ての音が聞こえなくては、全体を構成する雰囲気が判らなくなってしまう。
キース・エマーソンのライヴは音が大きかったが、全ての音がきちんと聞き取れたし、メタル・クレムゾンと呼ばれた時のクリムゾンは、音を聞き取らせるためなのか、わざと絞ってあったので非常にクリアな良い音が聞けた。仙台でのイエスの時も、すさまじい音量だったが、決して音が割れる事はなく、全てがきれいに聞き取れたものである(終わってから2時間くらいは耳鳴りがしていた)。それがいくら小さなライヴ・ハウスであっても、全ての音を聞き取れる状態にするのはプレイヤーに対する礼儀だろうと思うのだが。
それでも内容自体は非常に楽しいものだった。やはりライヴ・ハウスでのロックは、こういう親密感とグルーヴ感にある。こんな雰囲気は大きなハコではなかなか体験しにくい。ただし浅草国際劇場で行われた1981年の初来日キング・クリムゾンは、いきなり全員を前に呼んだので、結局はライヴ・ハウス的な雰囲気になり、楽しかったものである。私がこの時のクリムゾンを高く買うのはそういう理由もある。 それはともかく、今回の人間椅子は、結成20周年記念の狂い咲きツアーである。基本的には先日発売されたベスト盤なのだろうが、やはり新旧色々演奏しても、根本はほとんど変っていないというのが良く判る。基本はブラック・サバスから動いていないのである。もっともそのおかげで、我々の世代には聞きやすくなっているのも確かである。
途中のMCでは、新譜の発売日が決定しているのに新曲が出来ていないとか、歌詞の問題でアミューズやレコ倫の話とか、色々ここには描けないような話も出たが、こういうのは実際に見に行った人の特権だ。 また唯一演ったカヴァーの「パープル・ヘイズ」は歯で演奏したり、そのノリでジミヘンのイタコ・ネタまで引っ張る。ただしこれは生福のネタに近いが、やはりイタコで連想するのは皆同じ事なのだろう。
結局終わったのは21時30分位で、なんと2時間半近く演った訳である。予想より長く、これは満足できる長さだ。ただしあの音量でこの長さである。帰宅してもしばらくは、耳が死んでいたのだった…。
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