どんぐり1号のときどき日記
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2009年02月12日(木) 意味なしマニュアル

 会社ではマニュアルという物の概念が、みんなおかしい。
 マニュアルと言われる物を見ても内容が把握できない物は、少なくとも会社内においてはマニュアルとは絶対に言わない。とりあえずそれを読む事でスムーズに仕事が進間亡ければダメだし、もし仕事が滞った時にどうすれば良いかが判る物がマニュアルである。そこでいちいち人に聞くのではマニュアルではない。このあたりを大きく勘違いしている。
 そもそも、「この処理は、この項目に入力する」としか書いていない物をマニュアルだと信じるここの連中のセンスはどうなっているのだろう。馬鹿としか思えないではないか。その項目に入らなかった時にどうすれば良いのか、何も書いていないのだ。
 だからマニュアルの修正を提案すると、「どうせマニュアルがあっても誰も見ない」という知能程度ゼロの発言になる。いい年して、ガキだ。

 そんな夜。
 昨日いわさきさんの所から還ってきたアニメ版「ブラックラグーン」をちょっと見る。久々だったので、ちょっと見るつもりが「双子編」を見たら止まらなくなり、「偽札編」まで見てしまう。やはりシェンホアとソーヤーが出てくると、楽しくなるのだから、うまくできたキャラクターなのだろう。
 でも「日本編」はあまり見る気がしない。そもそも話として嫌いなのだ。多分これは、組織の殺し合いにおける根本的な部分の動機が弱く、ただのチンピラを追いかける話になってしまっているからだ。これではホテル・モスクワが出てきても、別の話になってしまう。そもそもこういう社会のチンピラでは、下世話な低脳キャラでしかないので、見ていて不快になってしまうのだ。
 しかも「双子編」と違って、社会が作った犠牲者が全くいない。雪緒というキャラは弱い人間なので、結局は事件に巻き込まれた一般人と何ら変わらないのである。こうなってくると、結局のところ、根本的に話がつまらないという事になってしまう。せっかく日本が舞台なのに、色々と失敗している。
 さらに言わせてもらえば、レヴィの銃と銀次の刀の対決というのにも無理がありすぎる。常識で考えれば、どんなに達人であってもあれは絶対に成立しない。間合いが違いすぎて、レヴィの圧勝で終わるしかないのだ。20メート離れて乱射されたら、どんな達人であってすべて防ぐのは不可能なのである。

 それはともかく、レヴィとエダの会話は、実際に声が聞ける分、原作よりもかけ合い漫才的な雰囲気が出て面白い。また結構ボソボソしゃべるあたりの雰囲気もいいし、この辺はアニメ版の方が勝っていると言える。

 しかし先日ハセガワから出た「ブラックラグーン号」のプラモは高い。元がレベルの古い金型(PT-103らしい)を使っているようだし、レジンパーツを利用しているとの事なので、アニメを見ていて、しかも完成させるスキルのある人間がどれだけいるのやら…。是非とも普通の人が組み立てた完成品を見たいものだ。


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