どんぐり1号のときどき日記
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2008年09月07日(日) 楽しいライヴ

 午前中は多賀城の万代書店と、その近くの古本屋に行く。
 漫画本の「クレイモア」や「ブラック・ラグーン」があるかと思ったのだが、「ブラック・ラグーン」が3冊あっただけで、あとはどちらにも全然なかった。普通、巻数が多くなれば何冊かはありそうなものなのに、特に「クレイモア」がまったくないというのは不思議である。「クレイモア」は原作との違いや、アニメ以降の部分が知りたかったのだが、いずれ後回しという事か。来週あたりは、かなり遠いが違う古書店に行って探して見るか。
 収穫なしというものなんなので、たまたまコナミのサイロンレイダーが100円だったのでゲット。さすがにコロニアル・ヴァイパーは見当たらなかった。でもV2のライト付きモデルが1,200円は高過ぎる。


 ところで、最近はyoutubeでいくつかお気に入りのライヴがある。そのうちの一人のライヴから代表曲を2曲。

 KOTOKO LIVE TOUR 2004 WINTER | Suppuration -core-
 http://jp.youtube.com/watch?v=pvvAB9YVDzw&feature=related
 
 KOTOKO LIVE TOUR 2004 WINTER | Re-sublimity
 http://jp.youtube.com/watch?v=0bR5xYO-u2E&feature=related

 これはサザンの桑田の方法論が正解だったいう証明でもある。
 つまり言葉としての日本語を無視している、というか破壊しているのだ。ロックというジャンルに日本語は合わないというのは昔からよく言われているが、少なくとも意味から入っていくと合わなくなるのは確かだ。意味を無視するか日本語としての形を無視するかしないと、やはり合わないのである。ロックは元々英語圏から発生していったので日本語とは元々会いにくいものなのだ。だから日本語でロックをやろうとする場合には、一旦これを破壊しなければならなくなる。これによってロックとなりうるのは、近年の様々な曲が証明している。
 上に挙げた曲もそうだ。日本語というフォーマットでの言語の伝達を明らかに無視している。それはヴォーカルも楽器であり、最終的には歌詞が楽器の邪魔をしてはならないという証明でもある。

 等という事はとりあえず考えなくても、こういう元気な曲のライヴは良い。この曲が好きだというのもあるが、KOTOKOという力量のあるヴォーカリストの存在だけで引っ張っているので何も考えずに楽しめる。ほとんどワン・パターンだが…(いや、この人の場合ツー・パターンが正しいか。だから双子キャラと言われているのだろう。もう片方のキャラは、さすがの私もついていけない…。一度見て懲りた)。

 それとは別に、こういう正統派のライヴも大好きである。
 Nightwish - Wishmaster (Lowlands 2005)
 http://jp.youtube.com/watch?v=fRwz0RoJcJE&feature=related

 こちらは一見正統派のメタルだが、実は映画音楽の作り方に近い上に、ヴォーカルもソプラノの勉強をしていた人らしく、かなりユニークで私好みの曲になっている。実に楽しい。
 ただこういった海外でのライヴは地元で行われるものが楽しいのは当然だが、スケールの問題もある。日本に来るとどうしても経費の問題で大きな器が必要になるため、結果としてライヴの楽しさが薄れてしまう事もある。東京ドーム等のライヴなど論外もいいところだ。

 いずれyoutubeには、日本では商売にならないものも多く載っているので、チマチマと検索していると楽しいものに当たる事もある。画質や音質が多少悪くても、貴重なライヴは沢山あるのだ。肝心の商売をしている連中がそれを判っていないだけだ。


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