どんぐり1号のときどき日記
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今日は朝からスバルへ行く。「お客様感謝デー」なる恒例のイヴェントで、オイル交換などが安くなる日だからだ。 実は3月の車検時にそろそろ交換時期と言われていたので、ATFの交換に行ったのである。なにせ半額だし、10月からOILも値上げすると言うので、時期的にもちょうど良いというところだ。 ただ今回チェックしてもらったら、バッテリーもそろそろ限界だと言われる。これも車検時に言われていたので、一緒に交換する。本当はもう少し後にしたかったが、現在の車はバッテリーが死ぬと全く動かなくなるので仕方がない。 こうして考えると、1980年位までの車は楽だったと思ってしまう。バイクなどはバッテリーがなくても、押しがけでエンジンをかけてしまえば後は何とかなったのだ。ワイルドだかメンテが自分で何とかなったから、あまり不安がなかった時代である。
それはともかく、オイル交換が半額で10項目無料点検もあって、スバルは実に混んでいた。9時前に入庫したので早く始まり、それでも終わって11時を過ぎていたが、もう店内は人でびっしりだった。それほど狭い店ではないのにと驚いてしまう。 ちなみにこの時はハイペリオンを持っていったので、ノンビリと読めた。まだまだ先は長いぞ…。
ところで昨日買った「空の戦争史」もちょっとずつ拾い読みしている。 そもそも戦争というものは航空機の登場により戦略レヴェルで劇的に変わった。ただし戦闘機同士のドッグ・ファイトのような戦闘概念ではなく(これは騎馬による1対1の決闘と似ている)、それまでなかったのは戦術戦略レヴェルでの概念としての空爆である。これは航空機の登場によって爆弾の大量投下が可能になって初めて導入された考え方だ。 その歴史や考え方をある程度まとめてある本が欲しかったのだが、講談社現代新書という手頃なものだったので買ってみた訳である。この程度なら、多少ハズレでも許せるだろう。 ちなみにこの本に書いてある事で、無差別爆撃というものは存在しないという部分はうなずけた。これはいわゆる無差別爆撃の標的となるエリアに、基本的に軍人は存在していないからだ。例えば工場などは一般人が動員されるのが普通だし、都市の爆撃時に軍隊はいないのが普通で、正確な意味での軍隊、軍人などは軍事基地以外に集合している事はない。 つまり空爆で標的となるのは一般人だけであり、これは一般人のみを標的とした差別爆撃である、という事なのだ。
こうして考えると、マスコミが使用する言葉では本質が見失われている可能性は高くなり、だから例えば、自爆テロリストは貧困で無教養な人間が行うものだと信じている人が、未だに多く存在する事になる。 世界はそんな単純に出来てはいないのだ。
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