どんぐり1号のときどき日記
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またまた粗仕事。 しかし営業という職種は本当にヒマのようだ。支店長以下、遊んでいるのである。前期は赤字だったはずだが、これでは当然だろう。 こちらは決算処理に追われてメチャクチャ忙しいのに、その他にも訳の判らない雑用に追われて時間がない。困ったものだ。
疲れたので、21時頃に泉方面の本屋へ行く。しかし車でないと行けない場所にしかマトモな本屋がないのは、実に不便だ。仙台という町は泉と合併する段階で南北への優遇策を行ったため、本当にそれ以外のエリアは不便になった。役人の面子が悪い方向に働いた結果だろう。
それはともかく、カメラ雑誌を立ち読みする。 やはり老舗の四誌以外は面白くないので、とりあえずその四誌を立ち読みする。いろいろと面白い記事もあったが、特にデジタル写真のデータを安心して保存できるメディアは、今のところ存在しないという部分が面白かった。 機械の信頼性もあるが、メーカーの生産打ち切りにより使えなくなるという部分も怖い。一番怖いのは突然の故障などでデータが消失する事だ。記事によればjpegデータが結構破壊されてしまい、サムネイルしか残っていなかったという例もあるらしい。そもそも新品の記憶媒体も、一度大量に試し撮りして、本当にそのメディアが大丈夫が確認した方が良いとの事だ。
結局デジタルの世界は、メーカーの消耗戦である。現在のメーカーは、自社の利益を第一に考えてユーザーという消費者は無視している。カメラの世界では、キャノンやニコンはまだユーザーの事を無視してはいないが、いつそうなるかは判らない。大手企業が簡単につぶれる時代になったのだから。
ただしそれが自由経済というものの本質だという事を忘れてはならない。戦後日本はそういう道を選んだのだから、仕方がないのだ。それが嫌なら1970年あたりまでの「世界でもっとも成功した社会主義体制」を守るべきだったのである。 もっとも日本人は、戦後の教育が間違っていたので、本当の自由には義務と責任が付随するという部分を理解出来ずにいたのだから、ある意味仕方がないのではあるが、だからそういう社会の歪、乱れを今の若い連中のせいにするのは間違っている。そういう社会を作ったのは、今まで何度も言っているが、今の老人たちなのだから。
今は年寄りに優しくない社会だというが、元々日本は年寄りに優しくなどないのである。ただ単に高齢者の絶対数が少なかったのと、切り捨てるにしても、姥捨て山のように泣く泣く捨てるという、まだ社会の健全性は残っていたから美談にすら転化できたのだ。だが戦後の社会は、切り捨てる事で自由経済の右肩上がりをキープしてきた。それを今になって変えようというのは無理なのだ。 実際役人や企業のトップの感覚としては、社会が経済的に苦しいから老人には早く死んで欲しい、というのが本音だろう。単純な金勘定をするなら、それが手っ取り早いし、経済の今しか考えないから、どうすれば良いかなど考えつかないのである。 それが今の日本社会の実体だ。
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