どんぐり1号のときどき日記
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| 2007年06月28日(木) |
何も知らない子供たち |
またも会社にて。 ジローズの「戦争を知らない子供たち」を名曲だと子供に教えようとしたら、「こんなの全然名曲じゃない。名曲と言うのはオレンジレンジのようなのを言うんだ」と言われたそうだ。 あえて言うが、これはどっちもどっちである。
そもそもメッセージ・ソングは、その時代性が最も重要な要素であり、曲は標準程度あれば充分なのである。メッセージが正しく伝われば、それだけで存在価値があるという事なのだ。 問題なのは、メッセージ・ソングは同時代性が強いので、例えば今の大学生にベトナム戦争の事を話しても、その政治的重要性や意味はまったく判らないだろう。仮に知識として知っていても、同時代に生きた人間が持つ問題意識、緊張感、不条理感は理解しようがないのである。 そんな今の子供たちに今さら「戦争を知らない子供たち」を教えたところで、意味はないし理解は出来ない。曲も名曲と言うレヴェルの旋律ではないのだし。
だがここで「オレンジレンジ」を名曲だという方も勉強不足の愚か者だ。本当の名曲を全然知らないからこんなセリフが出てくるのである。それだけ今の日本が平和ボケしやすい国だという事の証明でもあると言えるのだが。
ちなみに私は歌詞に意味を求めない。イエスの「シベリアン・カートゥル」等は実に素晴らしい曲に仕上がっているが、意味はほとんどない。あくまで韻を踏んだ詩で構築してあり、実に心地良い曲に仕上がっている。 結局のところ現在のポピュラーやロックにおけるヴォーカルと言うのは、綺麗な音を出すための楽器の一つでしかないのである。それをわきまえていないヴォーカリストもいるが、やはり楽器ととらえれば、歌詞の意味など問う必要性は薄くなる。
ただ、綺麗な音というのは誤解を招くかもしれない。素晴らしい楽器といえば良いだろうか。例えばレオン・ラッセルやニール・ダイヤモンドのように、決して声自体は美しくないのに、そのヴォーカルの説得力には素晴らしいものがある人もいる。こういうのも、素晴らしいヴォーカリストというのである。
最近では、ドリーム・シアターのヴォーカリストであるジェイムズ・ラブリエが、この楽器と言う概念をきちんと把握していると感じられる。曲によって歌い方を変える事すらしているくらいだし、きちんと声を出す事が仕事だとわきまえている。 ライヴの現場でここまで考えているヴォーカリストは、意外と少ないのだ。
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