どんぐり1号のときどき日記
DiaryINDEX|past|will
最近、日本語の使い方がおかしいと、とても気になってしまう。 もっとも日本語というのは非常にフレキシブルな言語であり、またそれを許す国民性の下で進歩してきた言語である。中国語がひらがなやカタカナに該当する文字を頑なに拒否したおかげで、現在では非常に使いにくくなっているが、日本語はとりあえず誰でも文字化が可能である。
そして戦後の教育と現在の教育の格差、ネット社会による言葉の変化と、私の世代は日本語の大変化を目の当たりにできた世代でもある。 だからおかしいと思うものもかなりの数にのぼる。「相殺」を「そうさつ」と読んだり、「真逆」を「完全に反対」という意味にしたり、「お客様各位」という表記を要求したり、それらが「誤用だが、現在では認められる」となっているのである。 それでは私の世代の教育は何だったのだ、と疑問になってしまうのも当然だろう。
そんな今日、会社で「勧誘」という言葉が問題になった。 ここでは特約店を支援するシステムを持っているのだが、最近は価格の高さもあって会員がかなり少なくなり、そこで「勧誘」強化策を展開している。その会議の席上、「勧誘」という言葉は騙すイメージがあって良くない、という人が出てきたのである。
はて、いつから「勧誘」は悪い言葉になったのだろう。 確かに某宗教団体を例に出すまでもなく、宗教の勧誘は鬱陶しいだけだし、自宅へ押しかけるセールスも悪い勧誘の見本である。しかし「勧誘」という言葉自体には悪い意味はない。 どうも最近は、あるイメージで言葉の意味を決め付ける傾向があるようだ。イメージと意味は別物だろうに、結局は深く物を考えるという事をしていないから、そうなるのである。困ったものだ。
|