どんぐり1号のときどき日記
DiaryINDEXpastwill


2007年04月15日(日) 20世紀少年

 今日は天気も悪く、午後になると肌寒い感じになった。

 そんな中、子どんぐりの要望で久々に名取の万代書店へ行く。
 しかし何なのだあの渋滞は。たかが10キロに50分もかかってしまったではないか。なんとアホらしい。

 着いて子どんぐりがゲームをやっている間に、「20世紀少年」を読んでみる。実はこの作品は読んだ事がなかったのである。ただし時間もあまりなかったので、5巻まで斜め読みである。
 ここまで読んだ感じでは、やはり「PLUTO」と構成が似ていると思う。別の作品なのだが、明らかに同一作家の物だと断定できるのだ。同じ時期のマンガだから絵が同じなのは当然だが、まとめて読むと絵のせいではなく構成の仕方で同じだと感じるのである。
 だから「PLUTO」が手塚治虫文化賞を受賞したのは、「PLUTO」だからなのだと納得してしまう。この作品は「20世紀少年」と何ら違いはないのであり、浦沢直樹氏が「MONSTER」で手塚治虫文化賞を一度受賞したにもかかわらず、「PLUTO」が二度目の受賞となり、「20世紀少年」が受賞しないと言うのは、やはり主催者側の意図を感じてしまうのだ。

 ところで冒頭、本当にT.REXの「20th Century Boy」が出ているのだとは思わなかった。確かに当時のヒット曲ではあるが、この曲から20世紀や21世紀の事を考えた人間などいるとは思いもしなかっただけに驚いた。この曲自体にそれほど深い意味など含まれていないからである。
 やはり少々強引なこじ付けにしか感じないのだが、まあ小説だろうがマンガだろうが、導入部には必要な処置なのだろう。

 なんだか全巻揃えたくなってしまったなぁ。

 いずれ出てくる固有名詞やらなにやら、本当に我々の世代がよく知っているものばかりだ。一昔前ならマイナー受けを狙っている、と糾弾されかねないものなのだが、多分現在の編集者にはピンとこないのだろうし、ましてや読者にも判っている人間がそれほど多かったとは思えない。
 もちろん後付けの知識として理解は可能だが、やはりこういうのは同時代性という物の影が見え隠れしているからこそ成立する話なのだ。それが判っていないと、作者の意図の一部は届かないだろう。

 関係ないが、この作品の事をWikopediaでちょっと読んでみたら、最後の方に『連載最終話における「2007年新春、最終章登場!!(※早口言葉です。3回言ってみましょう!)」のアオリが物議を呼んだ。』と書いてあった。
 いくらWikopediaが誰でも書き込みできる形式ではあっても、作品自体の説明が不充分なのに、これだけが書かれてあっても困ってしまう。やはり仮にもネット版百科事典なのだから、まともな部分とウケを狙う部分は分けて欲しいものだ。
 つまり核となる必要な部分と、それにまつわるエピソードのようなものは分けておくべきだという事だ。そうしないと調べる方が大変なのである。


どんぐり1号 |MAILHomePage