どんぐり1号のときどき日記
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2006年12月06日(水) ようやく「攻殻機動隊」の新作

 T沢氏のご好意で「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society」をようやく見る事ができた。

 今回も神山監督作品だけあって、さすがに面白い。今までの原作、映画、テレビの要素を全て詰め込んであるあたり、これらを見ている人ほど楽しめてしまう。
 そして描写の手抜きもない。見せるべきシーンはきちんと見せる。また貴腐老人という描写も凄い。やはり売れたからできるという事もあるのだ。

 ただ気になるのは、自殺するのに側頭部に銃を当てて撃つという描写をしていたのだが、あれでは確実に死ねるという保証はない。だが映像作品である限り、やはり見栄えを優先しなければならない事もあるので、これは仕方がないのかもしれない。
 そもそも一般的日本人にとって、頭を撃ったところで死なないという認識がある人はまだまだ少数派なのだろう。

 そしてこれを見た後でいくつかのコミュを覗いて見たが、色々な疑問点を上げている人がいた。もちろんこういう作品では、その人の経験値からある程度の疑問点が出てくるのは当然だろう。だが中にはどうしてそういう疑問が出るのかまったく理解できないというものも多い。つまり見ていれば判るのに、それが判らないという。これは「ウルトラヴァイオレット」の時とまったく同じ状況である。
 もちろん「ウルトラヴァイオレット」の時は、映画館なので見逃してしまったという事が充分考えられる(個人的には信じがたいのだが)。だが「攻殻機動隊 S.A.C. S.S.S.」の場合はソフトである。何度でも見直しができるのに判らないという。一体こういう人たちはどういう見方をしているのだろう。いちいちすべてを説明しないと判らないというほどに頭が悪いのだろうか。

 あるいは、こういう人たちはテレビの見すぎなのかも知れない。
 テレビと映画の根本的な違いは「説明量の違い」にある。これは「情報量」ではなく、あくまで「説明の量」である。つまりテレビは「あらゆる年代、あらゆる知能レヴェルの人」に「分け隔てなく理解してもらう」という建前で作っている物(作品ではない)が多いため、無駄な説明が圧倒的に多い。ナレーションや説明的会話などがその典型だ。
 そしてこのパターンに慣れると、自分で考えるという事ができなくなってしまう。だからテレビであっても「モンティ・パイソン」や「プリズナー�癸供廚覆匹虜酩雰欧鰺�解できなくなるのである。

 もしかしたら「攻殻機動隊」のシリーズを理解できるかどうかは、映画好きかどうかを見分ける一つの指針なのかも知れない。


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