どんぐり1号のときどき日記
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昨日は「クローズアップ現代」を久々に見た(見られたというのが正しい)のだが、「恐怖のエアガン・改造の実態」というテーマだった。 ただマスコミが取り上げるテーマとしては、はっきり言って15年遅い。もうここまでエアガンが市場に蔓延し、改造メーカーが大量にある状況では、歯止めなど不可能だ。
エアガンはモデルガンと違い、玉を直接発射できるため発売当時から規制が必要だと言われてきたのだが、警察の規制対象は、本物では狙撃のできるライフル、オモチャは火薬を使うモデルガンだけだった。つまりエアガンは警察マスコミとも危険視しておらず、野放し状態のまま現在に至っている。 そもそも本物ですらライフル以外はほとんど野放しという何を考えているのか判らない状態で、アメリカでは一般所持が禁止されている銃身切り詰めタイプのショットガンも、日本ではある程度までは法的に問題なし、なのである。実に不思議な国だ。
本物はともかくとして、日本のエアガンはその構造上パワーアップが比較的簡単で、殺傷能力を持たせるのはそう難しい事ではなく、実際今年になってからの事件では殺傷能力のある銃まで使われている。 これに対して1974年以降のモデルガンというのは、その構造と強度から実弾発射できるような改造は不可能であり、事件で使用される改造ガンというのはパーツ削り出しの、ほとんど手作り銃なのである。はっきり言って、現在のモデルガンというのは、エアガンよりはるかに安全な玩具なのである(そもそも殺傷能力が必要な機材が欲しければ、アメリカ軍の色々なマニュアルを見ればいくらでも載っている)。 そんなオモチャばかり規制してもっと危険なエアガンを野放しにしてきた警察は、無能以外の何物でもないといえるし、現実の事件がそれを証明している。 今後いくらマスコミで取り上げようと、改造エアガンの蔓延を止める事は出来ないだろう。そもそも警察にやる気が全然ないからだし、やる気が起きたところで手遅れでしかないからだ。
こうなってくると、市民は自衛のために何らかの手段が必要だと考えるようになるだろう。警察が積極的に動かない限り、いずれは「DEATH WISH」シリーズと同じ構造になっていく可能性があると考えるのは杞憂だろうか。そして日本人も魔女狩りに走りやすいのだから、やはり最終局面の非常に恐ろしい事態を想像してしまう。 結局のところ日本は平和すぎたのだ。いつの間にか、危機を想像する能力を失った国になってしまったのである。昔はモデルガンで遊んでいてすら銃の怖さは判ったものだが、現在はそういう怖さを感じる能力が著しく欠落した社会になったとしか思えないのである。
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