Seakの日記
日々感じたことを書き留めていこうと思っています。

2002年08月12日(月) 小説の執筆手法

2002/8/12 20:17
今日は、少し変わったテーマから。

小説を書こうと思ったとき、
いや、小説でなくてもいい。
何か物語を語ろうと思ったとき、重要なのは何か、と考えた。
別に、だからどうしようと思ったわけでもないのだが。

そのとき、重要になるのは
主眼をはっきりさせることではないかと思ったのだ。
まあ、それは当然だろう。
どんな物語だって、優れたものであれば視点がはっきりしている。

そこでしてはならないことは何か、というのを考えた。
第一に思ったのが、リアリティを追求しないこと。
少しおかしいと感じるかもしれないが、僕はこれが大事だと思った。
リアリティは確かに重要かもしれないが、第一の目標ではない。
物語を通して知識を得るのであれば、確かにリアリティは重要かもしれない。
しかし、主眼は物語であり、その物語を楽しむことだ。
物事のリアリティは、楽しむことと比べたら二の次にしたって構わない。

では、なぜ追求してはならないのか。
それは、リアリティを追求すると話が逸れやすいからだ。
簡潔にリアリティを追求できればいいが、それは極めて難しい。
特に、科学的な記述の場合はなおさらだ。
科学というのは複眼的な視点で物事を客観的に眺めることが必要だ。
すると、1つのことを説明するときに、物語とは直接関係のない
多くの物事を引き合いに出さなければならない。
SFを語るとき、相対性理論を持ち出すまではいいかもしれないが、
その相対性理論を具体的に説明してしまっては、
物語としては完全にずれてしまっている。それでは困るのだ。

次に思ったことが、細部を変更してはならないということだ。
主人公が物語の中で成長したり変わったりするのはいいだろう。
しかし、脇役までがどんどん変わっていってしまうのは良くない。
それ以外にも、細部には様々なものがある。
例えば、物語の語られる舞台設定や、小道具などのたぐいだ。

これらが変わると、読者は混乱する。
読者は物語の概要を頭に置いて話を追っているのに、
記憶にない部分までどんどん話が変わって行ってしまっては困る。
これは、細部から話を展開してはならないということにもつながる。
伏線を張るときは、あまりにさりげなさ過ぎてはいけないということだ。
伏線を張っていても、読者がそれを忘れていてはなんの意味もない。
物語に関連することは、常に読者に意識させておくことが必要だ。

…と言っても、これはあくまでも僕の私感だ。
本当にこうすべきなのかどうかは知らない。
ただ、リアリティがないと感じるときは、大抵の場合、
突拍子のない事象が現れたときだと思う。
突拍子のない事象は、伏線のない話の展開から現れる、
だから、読者に違和感を与えないよう準備さえしていれば、
多少非現実的でも物語としては成立する。
だいたい、そうでなければ、ファンタジーという物語のジャンルがそもそも成立しない。
あれは、ジャンルそのものが非現実的な物語なのだから。
事象を魔法や神の力などによって説明するのだから、他の分野ではあり得ない構成になる。
もちろん、神学書などは別だが。

しかし、考えてみれば神学書とファンタジーは、
その非現実性が極めてよく似ている。
内容も、かなり似ている部分がある。
神学書でもファンタジーでも、神や悪魔が好んで用いられる。
もちろん、全然違う部分もたくさんあるし、
何より僕は神学を知らないからこれ以上のことは言えないが。

2002/8/12 20:54

2002/8/12 23:59
もうすぐ日付が変わる。
今日こそ早く寝てやる…。

もう一つ思ったこと、これ実は、
ずいぶん前の飲み会の時に思ったこと、というか、事実なのだが、
僕が、牛乳についての話になってので、こう言ってやったのだ。
「低脂肪乳ってのは、品質基準を満たしてない牛乳から作られるらしいですよ。」と。
ご存じの方も多いとは思うが、成分無調整の牛乳は、
乳脂肪分3.5%以上とか、ほとんどにそういう制約がかけられている。
そういう基準を満たさなかった牛乳が、低脂肪乳になったり、その他の乳製品になったりするのだ。

ところが、上記の僕の一言で、
大げさに言えば、その場は大混乱に陥った。
その場にいたのは50歳くらいのおばさんが4人に、僕の弟と僕だった。
もちろん、弟はそんなことで騒ぐわけはないので、騒いでいたのはおばさん達だ。

すべての人たちがそうだというわけではないが、
一部には、今の僕の発言のように、根拠もなく言っているだけにもかかわらず、
それを信じて本気にしてしまう人が存在する。
つまり、消費者の購買行動など、その程度の基準で動いているのだ。
だから、有機栽培よりも低農薬栽培の方が優れていると勘違いする人が現れるのだ。
ご存じのように、有機栽培は有機肥料のみを用いた上で、
農薬の使用を一切禁じている、あるいは厳しく制限している農法で、
低農薬栽培は、単に農薬の量を減らしただけのものだ。
どちらが優れていると簡単に言いきることはできないが、
農薬を使う量や健康への配慮の点では、明らかに有機栽培の方が優れている。

僕たちの年代だったらまだ、学校教育のおかげで
その辺にある程度の知識がある。しかし、もっと上の世代になってしまうと、
家庭科の教育にそのような知識が取り入れられていなかったのだろう。
あるいは、あったとしても忘れてしまったのだろう。
そんなことで、分かっていないとしか思えない人が多く存在する。

今日も、先輩とFreshVoiceというソフトの実験を試みた。
先輩は、CODECの存在しない圧縮形式を選んでしまって、
そのまま止まるという問題を引き起こしてしまったが、
自力でそのビデオCODECを探し出し、無事に復活した。
さすがと思ったそのとき、今度は解像度の設定を誤り、振り出しに戻った。
最近知ったのだが、この人、意外と間抜けだ。
…まあ、その先輩もこの日記を読んでいたりするのだが、
知人は誰も呼んでいないということを前提として書いているので
この際そういう細かいことは気にしないことにする。
まあ、まだ問題はあるが、なかなかおもしろいソフトなので、
相手がいる人は試してみるといいのではないだろうか。
と言っても、そもそもNetMeetingさえ使えれば、
こんな苦労をする必要はないのだが。

それにしても、昔の状況を考えると、PCもずいぶん進歩したものだ。
昔はPCでテレビ電話なんて考えもしなかった。
常時接続がこれだけ安く実現するなんてことも考えられなかった。
まさか、自分がルータやLANを駆使してインターネットにつなぐなんてことも考えなかった。

あと、驚いているのはクロックスピード。
Pentiumの120MHzというPCを使っていた頃は、
MMX Pentium 266MHzを搭載したミニノートPCなんてのを自分が持つことになるなんて考えもしなかった。
しかも、それだけの性能のPCを持っていて、それが不足だなんて感じるとは思わなかった。
そう言えばこのLibretto、液晶の表示がおかしくなって一瞬焦ったが、
使っているうちに直ってしまった。なんだったんだろう?

さっきから、ルータがやたら激しくアクセスしている。
いったい何をしているのだろう?
どこからか攻撃されているのだろうか?
とりあえず、使った感じでは普通に通信できているようなので
それほど通信量が多いわけではなさそうだが。

最近のPCを見ていて驚くのは、その機能の多様さ。
どうせ使わないだろう、という発想はないらしい。
特に、オールインワンノートと称されるノートPCの機能はすさまじい。
なんと、ワイヤレスLANまで内蔵している。
内蔵しているのはいいが、ワイヤレスLANのステーションにもお金がかかるのに、
こんなものを使う人はいるのだろうか?
ちなみに、搭載している機種とされていない機種を比べると、かなりの価格差がある。
それだけ、利幅も大きいということだろう。
利幅って珍しい。重箱読みだ。
珍しいこともないか…?

さて、そろそろ寝なければ、まだ日が昇ってしまう。

2002/8/13 2:32


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