夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2002年09月02日(月) 3日連続・・・

 今日、「少年王者館」による七ツ寺での公演「香ル港」を観てきた。これで3日連続して芝居を観たことになる(多分こんなことは初めてなのだが)。おととい(31日)は「海賊船�供弩�演を、昨夜(1日)は「新宿梁山泊」の公演を、そして今日は「王者館」を、だ。

 「海賊船�供廚砲弔い討呂海料阿砲盻颪い燭箸�り、あまりに時間が惜しくて芝居の途中で出てきてしまった。そんなことは私にはとても珍しいことなのだが(多分途中で抜けたということは2度目)、途中で帰りたい心情に駆られる芝居は少なくない。今年観た芝居のなかで「海賊船�供廚亮乃錣魯錙璽好硲欧�ワースト3ぐらいに位置する。ダントツのワースト1は果たして・・・。まあ、そんなことでこれ以上字数を費やしたくないので、次の話題に移ろう。
 
 先に、今日の「少年王者館」公演から。
 いつ観ても一定以上のレベルを保っているのはさすが。よくも悪くも(別に悪くはないが)いつもながらに展開する「天野天街ワールド」にどっぷり浸かって、終演の際には、自然と拍手をしていた。これで2〜3年は「王者館」を観なくてもいいかな〜(あ、誤解しないで)。芝居は面白かったよ。でも、いつも同じようなパターンなんで、例えばこの前観た芝居が「それいゆ」なのか「パウダア」なのか、さっぱり区別がつかねえんでぇ。逆に言えば、それであっても十分に面白く観られる。しばらく「王者館」観ないでいると、「そろそろまた『王者館』観てえよな」って自然と芝居小屋に足が向くんだ。わかるかな、この感じ。「王者館」観たことない人は一度は観てみなせぇ。少なくとも「観て損した」ということはないと思うよ。

 さてさて、ここからが本題というべきであろう。
 「新宿梁山泊」によるテント(紫テント)公演「吸血姫」を、名古屋からはるばると田原町まで観に行ってきた。夜7時開演、10時20分終演、途中休憩をはさみながら約3時間に及ぶ上演時間。結論から言えば、3時間は短くさえ感じられた。今年私が観た芝居の中では最高傑作と言ってよいだろう。できれば、終演後しばらくはその場で余韻に浸っていたかったくらいだ。でもね、三河田原駅を出発する「豊橋行」最終電車は10時41分には出てしまう。しかも豊橋到着11時15分の時点で名古屋方面に向かう最終電車は出てしまっている。というわけで、その夜は豊橋の安宿に泊まり、今朝6時頃豊橋を発ってそのまま出勤した次第。
 話を芝居に戻そう。唐十郎・作、金盾進・演出による今回の作品は、台本、演出、役者のどれをとっても見事としか言いようがない。テントの内外をうまく使いこなし、観客をも巻き込みながら、物語世界は展開した。今公演には、元「状況劇場」の大久保鷹も客演しており、それはひとつのウリではあったと思うし、その存在の仕方は面白かった。だが、それよりも「梁山泊」の俳優陣の力量には目を瞠ったね。もちろん技量もあるのだろうが(その場の空気を敏感に感じとる力とか、「間」の取り方の妙、みたいなものは感じた)、それ以上に私は、役者一人ひとりが発する<気力>のようなものを感じたね。
 寺山フリークの私ではあるが、今回は「唐十郎もいいじゃねえか」と心底思ったね(再認識した)。唐の作品は非常によくできていて、下手な「社会派」演劇(私は「えせ社会派」と呼んでいる)よりも実は「社会的テーマ」を含んでいると思う。それでいて、いかようにでもイメージが広げられるような仕掛けが詰まっている。
 ちょっと話は横道にそれるが、10年ほど前白川公園特設テントでの「唐組」公演(紅テント)を観に行ったことがある(その時は、唐本人も出演していた)。それなりに面白くはあったが、期待が大きかったせいか、あまり感動しなかった。「唐組」はその時しか観ていないので、私のなかでは決して評価は高くなかったし、「唐十郎もさほどのことはない」とどこかでずっと思ってきた。でも、今回の「梁山泊」の公演で、唐に対する私の評価は急激に上昇した。
 「唐組」は1回しか観ていないし、「梁山泊」も今回で2回目だ。そのなかだけで判断するというのは、多分に偏りのある見方であるのかもしれない。だが、私は次のようなことを感じている。現在、<唐十郎の世界>を最も素晴らしい形で表現できるのは、(実は「唐組」などではなく)「新宿梁山泊」ではなかろうか、と。
 菱田さんにぜひご覧いただきたかった。

 さて、他人様の芝居を観て興ずるのは、それはそれで人生の楽しみだけれど、私たちにはこれから「生みの苦しみ」が待っている。稽古はこの上なくきついものだが、その先にあるであろう至福の瞬間を信じて、前進していこう。


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