| 2007年03月15日(木) |
何度読んでも |
「天龍八部」の「少林寺激闘」から「雁門悲歌」までを再読中。 いやぁ、何度読んでも面白いね。 ドラマではあっさりかわされたり、あるいは執拗に「孝」を主張したりされていた部分がはっきりと分かる。 少林寺で謎の僧侶に諭されて(かなり力ずくだったけどね)、仏門に入る簫遠山(しょう・えんざん)と慕容博(ぼよう・はく)。簫遠山は妻の仇を討ち取ることを断念し、慕容博は王国復興の野望を捨てる。簫兄さんはそんな遠山の意を汲んで、少林寺から去っていくのだが、最後に一目会いたいと訴えるも会えない。ドラマでは七日七晩山門の前にひざまずいて待っている簫兄さんも、原作ではあっさりと諦めている。父親が心安らかになっているのなら、それでいい、みたいな感じで。原作によると簫兄さんはあきらめの良い方らしい。どうにもならないことを悩むよりも、今できることを優先する人柄として描かれているのだ。 ところで、金庸の作品に触れているうちに、ある疑問が湧いてきた。 簫兄さんは丐幇(かいほう)の幇主になったときに前の幇主から一家相伝の技として「打狗棒法」と「降龍十八掌」を受け継いだ。しかし、簫兄さんは丐幇を追放されてしまったので、次の幇主を選出する前に幇主を辞めている。代々幇主が次代を決めて、技を伝授しているらしいけれど、となると、簫兄さんの次の幇主は当然技を学んではいない。(簫兄さんの次は遊担之で、打狗棒法がどんな技かさえも教えて貰っていなかった)それなのに、時代が移っていくとちゃんと両方とも伝授されていっているのだ。いったい、誰が教えたのだろう?それとも技が記された書物の類でもあるのだろうか。 不思議だ。 |
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