「花水木」。 はなみずきと読みます。
うちの近くに「花水木」という店がある。 以前住んでいた町にも小料理屋さんだったか同じ名前の店があったし、 表参道にも以前同じ名前の喫茶店があったような・・・
けれども、これが花の名前であるということに、私はつい最近までピンと来ていなかった。
一ヶ月以上前のこと。 私の職場に来る女性のお客様二人とお話させていただいている時に、どういう流れだったかは忘れたが花水木の話になった。
私が花水木を見たことがないと話すと「ちょうど今の季節はあちこちで花が咲いているわよ。見ていると思うけれどね〜」と言われてしまった。
「うーん、花が咲いていると自然に目が行きますよね。でも、知らない花が咲いているなぁと思ったことがないので、見たことないと思うんですよね〜」と私。
そして、三人でパソコンで検索!花水木の写真を見た。 「あー、やっぱり見たことがないです!」。
「あなたの通り道には、たまたまないのかも知れないわね〜」という結論になった。
それからも花水木の話で盛り上がった私たち。 「花水木の花に見える部分は実は額で、芯の部分が花なのよ」と教えてもらった。
その日の帰り道。 いつもどおりに駅前でバス待ちをしていた。 ぼけーっとロータリーのあたりを見ていると 「あれ!!!」。 ロータリーの真ん中にある植え込みに背の高い木が二本。 一本は赤い花をつけ、もう一本は白い花をつけていた。 「もしや。。。あれって。。。」 バス待ちの行列から離れて近づいて見ると 「きゃ〜、これって二本とも花水木に違いない!!」
毎日、毎日、この場所を通りながらまったく視界に入っていなかったのだ。 ちょうどデジカメを持っていたので、パチパチと撮影! まさかこんなに身近にあったとは! 来週また二人と再会することになっていたので、 「私が初めて見つけた花水木の写真を見せなくっちゃ〜!!」 と張り切って撮影した! ちょっと怪しい人に思われたかも?
それから家路に着くまでの間にいったい何本の花水木の木を見たことでしょう。 頭の中に「花水木」がインプットされた途端に、今まで見えていたはずなのに見えていなかったものが、浮かび上がってきたように次々と見えてきたのだ。
「見たことがありません!」なんて豪語した自分が恥ずかしくなるほど、花水木の花の咲いている季節にたくさんの花水木と出会った。
「見る」ということは意識しないとそれを100%活用できないということを痛感した出来事だった。 それは「聞く」ことも、「知る」ことも、もっといえば「思いやる」ことも、「他人を気に留める」ことも、何につけても、漠然とした意識では十分ではないということなのだと知りました。
さて、花水木の花も終わりになってきた頃。 友人の手話仲間(若い男の子)に 「ねー、この花なんだか知っている? なーんだ。知らないの?花水木っていうんだよ〜! あっちこっちに咲いているよ。見たことない? 花に見える部分は額なんだよ〜」 なんて知ったかぶりでレクチャーしたのでした♪
そうそう、花水木を見つけた次の週に、花水木を教えてくれた二人の女性にしっかり報告!
その日の会話の中で新たに「ゴヨウノマツ」という言葉が。。。
「ゴヨウノマツってなんですか」と無知な私はまたまた質問。 「こんなことも知らないの?」なんて顔をされると思ったら聞かないまま、知らないままの私なのだけど、三人(この日は三人でした)の女性はいつでも優しくいろいろと教えてくれる方たちなので、躊躇することなく質問できる。ありがたい〜
「五葉の松」。 松の種類で、葉っぱが5つあるのだという。 お庭にあるような松はこちらのほうが一般的らしい。 手話で「松」は2つの葉をイメージして「二本指で頬を差す」しぐさをする。
私の実家にも以前は大きな松の木が何本もあり、それは二葉であったので、松といえば当然二葉と思い込みがあった。 五葉の松なら、五本の指で頬を差さないとね〜、なんて思うのは楽しいことだ。
この年になって知らないことだらけで実際恥ずかしいことなのだけど、「知らないとことを知る」ことから生まれる楽しみや発見をこれからも大事にしていこう♪
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