mackyの日記♪
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2004年06月04日(金) 手話繋がり!?

今「オレンジデイズ」という手話のでてくるドラマが放映されている。
ドラマ不振の中、それなりの視聴率をあげているらしい。
やっぱり柴崎コウ効果!?だよね〜
ストーリーに無理があるような気がして
(手話と聞こえない主人公の関係)文句を言いながら見るのも嫌なので
私はほとんど見ていない。

でも、こういうドラマがあることについては歓迎する。

「手話ブーム」を嫌がる人もいるけれど、私はかっこいい柴崎コウがかっこよく手話を使っているのを見て、「単純に手話に興味を持った」という理由で良いと思うし、ファッションとして関心を持ったとしても不謹慎とは思わない。
どんな理由であろうと関心を持つきっかけになったなら、それはありがたいことと思い、「手話をやってみたいなぁ」と思う人たちを
てぐすね引いて待ち構えている派だ。

「オレンジデイズ」では「???」と思う部分が時々あって、
手話や聴覚障害を誤解されるのではと心配を持つ人もいるだろう。
ドラマで見た手話や聴覚障害者をすべてと思い込み、誤解や憧れを持ったまま興味を持って手話を学ぶ場にやってくる。
そういうことを懸念して「ブーム」を嫌悪する人たちがいるわけだ。
でも、誤解を持ったままでも手話の世界に入ってきてくれさえすれば、
関わることで誤解は溶けることになる。
関わらなければ一生誤解したままかもしれない。

興味半分で構わない。
「手話」ってなんかかっこいい!と思って始めてもいいし、
聞こえない人と手話でお話してみたいと思って学び始めてもいい。

動機やきっかけが大層な理由でなくても良い。

むしろ、手話と触れ合うことで新しい発見をいっぱいしてくれれば嬉しい。
これまでなかった繋がりをいっぱい作ってくれれば嬉しい。

そういう私も「どうして手話をはじめたんですか?」と度々聞かれるので、
正直に「うーん、暇だったから。なんとなく・・・やってみて嫌だったら
すぐに止めようと思う程度の理由」と答えている。
私のその返答は、入門レベルの初々しい人たちを「・・・・・」とがっかりさせてしまうのだけど、
本当だから仕方がない。

でも、「手話を続けた理由はなんですか?」と手話歴10年を超える、
何事にも飽きっぽい私に聞かれたら答えは違う。
答えはひとつではないけれど、一番は「手話繋がり」が素晴らしいからだと答えるだろう。

最初の一年目は、個性的な上に、曲がったことの嫌いな(悪く言えば協調性に欠ける?)私は、独特な手話講習会の縦社会になじめず、
先輩方に怒られたり、ケンカ・・・じゃなくって〜、意見を交し合うことが度々あった。
理解できずに悩むこともしばしばあった。
涙を流して抗議したことも恥ずかしながらあった。

そんなときにいつも私を守ってくれたのが聞こえない人たちだった。
特にクラスの担当の聾の先生は私の考えをできるだけ尊重してくれるように真摯に
接してくれ、手話以外のいろいろなことも惜しむことなく教えてくれた。
その先生ともっともっといろいろな話をしたい、もっといろいろなことを教えてもらいたいという気持ちが自然に高まり、手話の勉強を頑張ろうと思った。

私が手話を学んでいた頃は「大層な理由」で手話を始めた人が多くて、
見るからに「手話を学ぼうとしそうな人たち」が多かった。
だから、私がミニスカートをはいて教室に行くと非難ごうごうの雰囲気があった。

「星の金貨」のドラマで手話ブームが始まってしばらくしたころから、
「見た感じは普通の人たち」が手話を学ぶ場に集まるようになって、
教室は流行の服を着た人もいれば、そうでない人もいる、職種、年齢やキャラなどに偏りのない、バラバラと集まった人たちが多く参加するように変化した。

ボランティアとか、福祉とか、そういうことと離れた感覚の、例えば英語を習うような気軽な気持ちで入ってくる人が増えた反面、
自分の仕事(受付、弁護士、看護士、人事、販売、役者その他もろもろ)に生かす機会があるかもしれないからという、はっきりとした目的の人も目立つようになった。

そして、手話の教室は様変わりした。
手話を学ぶだけの場に留まらず、いろいろな職業、幅広い年齢やおもしろいキャラを持った人たちと出会う場にもなったように思う。
だから、楽しさがまた倍増した。
だから、これまで現れなかった世代やキャラの聞こえない人たちも参加するようになった。
だから、楽しさがさらに倍増した。

手話歴の長短や技術の差、障害があるないに関わらない、職業や年齢や男女の壁を超えて、
みんなでワイワイと手話で語り合う、私が手話を始めたときに理想とした風景が
そこに見られるようになった。だからますます楽しくなった。

以前は手話の勉強をやめたら、それはすべての終わりを意味する人がほとんどだったけれど、
今は手話の勉強をやめても、その人と気の合う聞こえない人たちと
友達として「ふつう」に付き合い続ける人が多い。

本来ならそんなことは当たり前のことだけど、当たり前でなかったことが、当たり前になったから
また楽しさが倍増した。

手話繋がり万歳!!


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