去年の秋に祖母が脳梗塞で倒れた。 90才近くなるが、ずっと元気だった。 唯一、太っているせいで自分の身体を支えきれずに 負担のかかっている足(特に膝?)の せいで歩くことには元々問題があった。 外を歩く時は杖か、キャスター付の買物かごを頼りにしていた。
脳梗塞で倒れて、一時は身動きもとれず、話しもおぼつかずという 状態だったが、数ヶ月でみるみると回復した。 今は一歩歩ければいい状態だが、なんとかトイレには 自分で移動できるまでになり、家の中を車椅子で移動している。
本当はまだまだリハビリも必要なのだが、今のシステムでは 3ヶ月ごとに病院を変わらなければならない。 三回目の病院探しは上手く行かずに、結局家に戻ることになった。 といっても、一人暮し。 一人暮らしと言っても、隣にはやはり一人暮しの娘が住んでいる。 私の母だ。
二人は、お互いに伴侶を失ってもそれが当たり前のように 別々の家に住み行き来する生活を今も続けている。
二年前、祖母の住んでいる家の土地を地主に半返しすることになり 半分の土地を所有することになった。 そこで、家をローカからまっぷたつに切断した。 地主に返す側にあたる家の半分は壊し、何十年も目を楽しませてくれた 数メートルもある立派な松や樹木たちもあっさりと伐採され整地になった。
その時に少しお金をかけて、残った半分の家を住みやすいように改造した。
それが数年前だから85才は超えていたと思うけれど、 人は自分の明日がどうなるかというのは世間一般で考えても 我が身のこととしては実感が湧かないものなのかもしれない。
今回、家に戻ってくることになってまた家を大改造することになった。 大改造しなければ、戻ってくることは不可能だったからだ。 ローカには手すりをつけ、出入り口の階段をゆるく改修し、 トイレは車椅子で出入りが出来るようになどしたそうだ。
若い男の先生の元で張り切ってリハビリをした成果があって、 祖母は一歩くらいの移動もできるようになった。 その結果、介護度が軽度になった。 そのために当初の祖母帰宅計画案で想定していた サービスが減ることになった。 祖母を自分一人で迎えなくてはならない母は 一時不安が増したようだった。 手続きに役所に何度も足を運び、家の改造などのあれこれで 祖母が帰宅したときには母が風邪を引いて寝込んだらしい。
90近くなる祖母の長女が私の母だから母自身も若くはない。 それに誰がやるにしろ面倒な仕事ではある。 これが「介護」の入り口なんだろう。 しかし、これからが本番なのだ。
サービスの減った分は自費でまかなう。 結果的に週2時間ずつ4日ヘルパーさんが来ることになった。 風呂の為にデイケアが週一日、母は食事係 。 お茶は一杯程度なら祖母が自分で入れて飲むことはできる。
でも、祖母は嬉しそうにしているという。
母は家族親戚に携帯のEメールで「母便り(この母とは祖母のこと)」を 度々送信してくる。 そして、遠く離れて住む兄弟や孫たちに祖母と自分の近況を知らせている。 実家から離れて住んでいる私は、そのEメールでこれらの情報を得た。 何も手伝っていないことへの若干の後ろめたさと共に とりあえず一安心したのだった。
ところで、今日聞いた話。 最近の飼い猫や犬は人間同様長生きする。 病気になっても、寝たきりになっても、長生きするそうだ。 なぜなら、飼い主は病気や寝たきりのペットに 愛情をそそいで看病するからなのだという。 そして最近では、寝たきりペットのための介護講習会が 開催されているんだそうだ。 ペット用のおむつなどの介護用品も充実しているという話。
気持ちがあっても現実は祖母へのサポートは一切できない状況と現実に加えて、 いずれ猫を飼いたいと思い描きつづけていた私としては 「そうか・・・・そうなのか・・・・。」とわけわからずつぶやいていたのでした〜
|