鶴は千年、生活下手

2003年10月06日(月) なんだかなぁ

秋らしい良いお天気が続いていたが、今日は雨だ。

最近、気になっている表現に、「XXで○○が売っていた。」と
いう表現がある。
わたしはこういう使い方を全くといっていいほどしない。
「XXで○○が売られていた。」と表現する。
現代の言葉遣いということなのか。
たとえば、「ら抜き言葉」と同じようなものなのかな?
「ら抜き言葉」は使われるようになってから、かなりの年月が経
つように思うが、わたしが挙げた例は、最近になって気になって
いるものなのである。

「わたしはあなたが好きです。」の「が」は、「を」と置き換え
ることができる。
同じように、「XXで○○が売っていた。」の「が」も、「を」
と置き換えることができる。
「XXで○○を売っていた。」 これなら納得できる。
同じような用法なのに、わたしが後者の方に違和感を覚えてしま
うのはどうしてだろうかと思った。(ふしぎ、ふしぎー。)
う〜む、とよく考えてみると、「わたしはあなたが好きです。」
には、「わたしは」という主語が有るが、「XXで○○が売って
いた。」には明確な主語が無い。
となると、「が」を主語につく「が」だと思ってしまうのだろう。
だから、「○○が」を主語として「売られていた。」というつな
がりにしたくなるのだと思った。

わたしが生まれ育った環境で使われる言葉は方言であるからして、
上京して他人に何か伝える場合は、当然標準語に置き換えてから
発語することになる。
(今は、何も考えずにあちこちの言葉が混ぜこぜに出て来るが。)
その時に変換する言葉というのは、国語やNHKのアナウンサー
が使うような言葉を参考にするのである。
そして、さらにその言葉を崩して若者向けにして話していた。
そして、なぜかその言葉は男言葉だった。(汗)

かなり、気を使っていたんだよね。
それは、イントネーションやアクセントがどうのこうのという以
前に、単語レベルで使われる言葉が違うのだから仕方が無い。
少しでも方言を入れてしまうと、他人には分からない言葉になっ
てしまうのだから。

漫才などで使われる関西の言葉は、方言であっても広く知られて
いるから、通じないこともない。
細かいニュアンスは分かりあえないのかもしれないが、通じると
いうことは便利なことでもあり、その言葉自体を使わずに暮らし
ていこうとは思わないだろう。
根本的に、わたしの方言とはそこが違う。

耳が良くなければ、方言と標準語の違いを聞き分けることも話す
ことも出来ないと思っている。
「す」と「し」と「すぃ」のような発音の違いが分からなければ、
方言から抜け出すことはできないしね。
言葉は真似ることから始まるのだから、よく聞こえるとか違いが
認識できるということは大事なことなのだなぁと。

なんだかなぁ、そんなことばかり考えている秋雨の日。
中学生の国語から成長してないような・・・・・(笑)

 「まだえーさもどてねごんたらかあちゃんばむがえんげな」と
                    祖母は指示する(市屋千鶴)


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