白虎草紙
『遙か』の白虎組についての四方山話、SSなどです。

2006年04月07日(金) 花や今宵の

 
 
お能は昔、申楽(さるがく)と呼ばれ、
能役者である申楽師は、
神社に付属し、
お祭りのたびに奉納の舞を舞い、
祭りの意味を民に翻訳して見せていたそうです。


当時、申楽は高尚なものではなく、
滑稽でわい雑な物真似のたぐいであったそうですが、
けれど、
「申楽の名称は、神のヘンをとったものだ」と、
世阿弥はそういうことを言っていたそうです。


その意味で、靖国神社で見られた
奉納・夜桜能、
本殿に向かい舞台の開かれた、
野外の能楽堂でのお能は、
昔の人々がそうして野外でわいわいとはやして
見ていたものに、
いまだ洗練される前のかたちに、
あり方としては通じるのかもなあと思います。


頭上に花、空に月。

神様や、また場所柄かつて散られた人の魂も、
狂言に笑い、舞に見入ったこの夜の、
我々見物客と同じに、
一刻一刻が宝もののような、
春の時間を過ごされたのであろうかと思います。



行き暮れて 木の下影を宿とせば
花や今宵の主(あるじ)ならまし


の歌を遺した忠度の舞囃子。
(=お能から主要な舞の部分を
取り出したダイジェスト。)


絶妙な間、たたみかける滑稽な台詞に、
笑いに笑った狂言「二人大名」。


そして、海に船出した義経の一行を、
波に沈めんと現れた怨霊・知盛の、
きらきらしい衣装での猛々しい舞が、
見ているうちにどんどんと哀しく思われた「船弁慶」…



幼い子方の演じる義経が、
哀れな知盛にえいえい斬りつけ、
また弁慶が明王の助けを得、
知盛や平家の一門を波間に遠ざけるのを。


それで成仏がなるならいいけれど、
「知盛知盛かわいそう…」と、
橋掛かりへ消えてゆく、
彼の背を見送り、思わずほろりとなりました。

 
 


桜の花の屋根の下、
めったとない、美しいものを見せていただきました。


花の主よありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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