白虎草紙
『遙か』の白虎組についての四方山話、SSなどです。

2006年03月03日(金) 千年昔の春の辞令

 
  
異動に転勤、辞令の飛び交う時期ですね。


さて、本日は、この時期に取り上げてみたかった、
私の愛する友則の、
千年前の辞令のやりとりをご紹介します。


紀友則は、
長く認められず、
四十を超えてもいまだ無官であったのですが。


あるとき、太政大臣に呼び止められ、

「きみは年は幾つになったのかね」

と尋ねられます。


これに友則、

「四十あまりになりましたが」

と大臣に答えたところ。


大臣は、
こんな歌を友則に詠んでよこしたのです。


今までになどかは花の咲かずして
四十(よとせ)までに年ぎりのする



超意訳:

あなたという木はこれまで何故、
花を咲かせることもなく、
無官のままで四十過ぎにもなったのか…



友則はこの歌を聴き、
大臣に返歌を返します。



春々の数はまどはずありながら
花咲かぬ木を何に植へけん



超意訳:

毎年毎年、
春は数をたがえず巡ってくるというのに…

まったく何故、私のような花咲かぬ木をお植えになったのでしょうね。





……うわ…………


この返歌、官をさずけない大臣への
痛烈な返しであったのですが。


そんな歌さえ調べが美しいのに
なおさら参ってしまいます。



「ひさかたの」「君ならで」「宵々に」、等々、
数々の美しい雅な歌で知られる
三十六歌仙・友則ですが。

田辺聖子も白洲正子も褒めちぎっている友則でありますが。


実は、こんなにびしりと鋭い矢を
歌で放ててしまう、
めちゃめちゃ萌えな男でもあり、
実はそのへんにわたくし、どっぷりはまってしまったのでした…


(甥っ子である貫之も、歌はもちろん、
友則のこういうところに、惚れていたのでないかと思ったり。)


ご紹介したやりとりは、
古今集に載っておりますが、
意訳したやりとりをことば書きごと書き出しますと。


本院の大臣の、四十余になるまで無官にて侍る(はべる)由
申侍る(もうしはべる)に、
大臣

今までになどかは花の咲かずして
四十(よとせ)までに年ぎりのする

 とある御返しに

春々の数はまどはずありながら
花咲かぬ木を何に植へけん



となります。


もう、これだけでショートストリー一編ができそうです…!



友則にはほかにも、
この手の萌えエピソードが幾つかありますが。

そのご紹介は、また別の機会にと思います。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 


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