旧暦2月16日は、
願わくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃
の歌が有名な、桜を愛した西行の命日だそうです。
1190年の、まさにきさらぎの望月の日であったとか。
その、西行を愛した白洲正子さんが、その晩年に書いた 自邸の花についてのくだり、
富士桜と雪椿はまた来年も咲くだろう。 だが私が会えるという保証はどこにもない。 といって悲しんでいるわけではない。 これが最後と思って眺める花ほどいとおしく美しいものはないからである。
『名人は危うきに遊ぶ』 p163 P/B 新潮社
この一節は、目を通すたびに胸が詰まります。
新幹線に乗り、故郷をあとにするたび、 車窓をよぎる山も川も町並みも泣けてくるほど目に沁みるのも、 これが見納めかも知れないと覚悟して眺めるからかも知れません。
落ちた桜の花を拾っては、 友人と蜜をちゅうちゅう舐めていた夙川の桜木、 震度7の震災に耐えて残った桜木は、 今年も、咲き誇る準備をゆっくり進めているのだと思うと、 あんなに懐かしいいとおしい花も自分にはないなと思います。
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