「隙 間」

2012年08月18日(土) 特別阿保列車〜道後温泉編その三〜

最終日は伊予の道後温泉。
夜の七時に松山駅前発のバスで東京へと帰らねばならない。

道後温泉本館のすぐ裏に「湯神社」というのがある。

そもそも道後温泉のはじまりは、大国主が、怪我をした少彦名を癒そうと湧き出ていた湯を茶碗だかにため、ちゃぽんと浸からせたらたちまち回復した、というところかららしい。

その二柱をまつった神社が湯神社である。

それならとりあえず手を合わせとかねばなるまい、と。

伊予の国は、かつて出雲神話の世界の範疇に属した国であったようである。

湯神社のついでに、そこからすぐのとこにある佐爾波(イサニワ)神社という神社があり、そちらにも手を合わしとく。

実は、四国は出雲神話の世界から外れていると思っていたのである。

そうだ。
十月「神無月」の連休に「神有月」の出雲にでもいってみよう。

ふと思いついたのである。

以前訪れたときはやはり夏で、お参りの帰りにレンタカーで前の車について田舎道を走らせていたら。

スピード違反で切符を切られてしまった。

お巡りさんとなどというとんでもないご縁を、即日のうちにお結びつけくださった強力なご利益があることは、身をもって立証済みである。

しかしそれでは、今年はやけに出掛け過ぎだろう、と一瞬頭をよぎった。

一瞬なので、すぐさま忘却の彼方へ過ぎ去ってゆく。

しかも、くどいようだがわたしははじめの高知で魂の半分を落として、或いは奪われてしまった後である。

すっかり腑抜けである。
そして歯抜けでもある。

であるから、もろもろの間抜けさルーズさは、仕方がないことなのである。

松山観光の締めくくりは、夕食である。

帰りのバスは夜七時である。
それから十二時間かけて東京に向かう。
したがって、夕食だけでなく車中の夜食の購入も済ませておかなければならないのである。

「銀天街」というアーケード付の大きな商店街があるのである。

そこをぶらつきながら、まずは夜食用にパンを買い込む。

デニッシュやらメロンパンやら大小あわせて五つが袋詰めになったのが、三百円くらいである。

こんなパン屋が近所にあれば、なんとありがたいことだろう。
コジャレたベーグル屋やらよりも、よっぽどわたしは必要だと思うのである。

もとい。

夕食の店を探しているうちに、すっかり「銀天街」を通り抜けていた。

松山といえば「海の幸が美味しい」と、観光やガイドブックには書かれている。

わたしが欲しているのはもう、海の幸ではないのだ。
ガッツリB級な食事が、したい。

イライラしはじめた矢先に、

ブッブーっ、ブッブッブー!

クラクションがやかましい。
信号が青に変わったのになかなか走り出さない車に鳴らされたものであった。
ほんのついさっき、赤で停まった直後のことである。

うるさかろうがっ!

フンヌ、と鳴らしている車を振り向くと、運転席は可愛らしい女子が。

それでは、と、諸悪の根源である停まったままの方をすぐさま振り向くと、運転席で口をポカン、と開けて寝てしまっている青年が。

いくら鳴らしてもいっこうに動き出す気配がない。

女子がとうとう降りて注意しようとシートベルトに手をかけた。

それには、及びません。

わたしは、サッと片手をあげて制す。
そして、颯爽と、口ポカン青年の窓横に駆け寄る。

まるきり柴田恭兵のような軽快なステップで、である。

カツカツカツ。

爪を立てた五指を使い、窓で軽快なリズムを奏でる。

間抜けなほどのポカン口が、窓の向こうでこちらを挑発したままである。

コンニャロぅ。
人がおとなしく下手に出てやってるのに、ジェントルマンにも限界があるぜっ。

おいおい、本当のジェントルマンとはこういうもんだぜ。
ちょっとどいてな。

と制してしゃしゃり出てくる相方のダンディ高山は、あいにくいない。

ゴンゴンゴン。

親指を中に握り混んだパンチで、強めにたたく。
このパンチは通称「お友達パンチ」といい、あまり強く殴ると己の親指を痛めてしまうので、決して強くは殴れない。
これはつまり、愛情友情を親指に込めた心優しきパンチである。

ポッかぁん。

そんなわたしの思いやりを味わいもせず丸呑み、吸い込んでゆくその口が、だんだん憎たらしく見えてきた。

いや、憎たらしい。
悪魔の権化だ。

ドンドンドン。
ドンドンドンドン。

もはや「お友達パンチ」などと生ぬるいものを用いたわたし自身の浅はかさすら、後悔、懺悔の対象である。

心を鬼とせねば。

詰まっている後続の車は、女子たちのだけではない。
しかし、わたしと女子の車とのやり取りが見えていただろう三台目くらいまでは異常を理解していたようである。

まだか、と窓から顔を出して様子を窺っているくらいで、おとなしくしてくれていた。

ドンドンドン。
カツ。
ドンドンドン。
ドドン、ドン。
カツ。

んあっ。

パチリと間抜け口の上で、メガネのまなこが開く。

「信号、青!」

はっ。

鼻メガネのままで、大慌てで、走り出す。

わたしに、なにもなく。

なんと。
頭のひとつでも下げるか、片手をちょいと上げるかしてもよいだろう。

「ありがとうございましたぁ!」

後続の女子の車の開けられた窓から、ペコリニコリと、ホントウにアリガトウございましたと頭を下げられ、すすうっとすれ違われた瞬間、いくらムツカシくメンドクサいわたしでも、たちまち笑顔で応えてしまう。

どもども、いえいえ。

ププッ。

次の車が、クラクションをわたしにおくる。

普通のカップルの車であった。
わたしは運転席の彼氏であろう男に、意味は伝わったことを表すために軽く片手をあげるだけというそっけなさで応え、ついときびすを返し歩き出す。

本当は、間抜け口だった彼に、脇に停めてひと眠りしてから、車を運転しろ、と怒鳴りつけてやるつもりだったのである。

しかし、その隙がまったくなく、また余計なお節介かもしれない。

ふと気が付くと、もうすぐ松山駅に着いてしまうというところまでやって来てしまっていた。

夕食の店がまだ見つかっていないので、あらためて辺りを探し回ってみる。

「俺の餃子」

ででん、と店の名が掲げられていた。

「俺の」「餃子」である。

期待はできないが、興味がそそられる店名である。

それが。

美味かった。

この旅最後に食す名物、というのにはちと違うが、意外にも大満足な名店であった。

ああ、夜はすっかりそのとばりをおろし、松山駅の灯りが、静かに淡々と浮かび上がっている。

ついに、四国四県を巡った旅の終わりである。

「祭り」いや「踊り」に、旅のはじめに完全燃焼、残りはもはや余生の観があった旅だったが。

旅がわたしを放っておいてはくれないようで、何かしらの出来事を放り込んでくる。

おかげで話のネタには困らないですむ。

あらためて言っておくが、これらは、本当にあった出来事である。

ゆめゆめ作り話だなどと思い違いがないようにしてもらいたい。

さて、飛び飛びながらもチンタラチンタラとやってきた「特別阿保列車」も、ついに最後の、重大な告白を残すのみとなった。

どうか、こころしてお聞き入れ願いたい。

「特別阿保列車」は、実は。

「特別阿房列車」が正しかったのである。

字を間違えていたのである。

これではまことに「アホウ」である。


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