「隙 間」

2012年08月13日(月) 特別阿保列車〜土佐編その三〜

わたしの高知滞在二日目は、よさこい祭りの最終日であった。

最終日は全国大会となっていて、昨日までの二日間の本祭で見事各賞を受賞した連が、全国から参加した他県の連とともに祭りを華やかに彩る。

最終日の出番表は、「受賞チーム1」「受賞チーム2」と前日の受賞チームが決まるまで仮名で記載されているのである。

分単位で演舞場をはしごしなければならないわたしは、早速、朝一番に高知城下の演舞場にある案内所へゆき、今朝刷り上がったばかりの本日の出番表を手に入れる。

これにはもう、具体的な連の名前が記載済みである。

高知城見物の観光客らがずんずんと城内に入ってゆくのを横目に、まずは出番表をマーキングである。

昼から開始なのだが、すでに演舞場では全国大会開会式のリハーサルをかねて演舞が披露されていたりする。

わたしは決めていたのである。

午前中は「高知城」を観よう、と。

それなのに城門の前に設えられた舞台から、「よっちょれよっちょれ♪」だの軽快な音楽と鳴子のリズムがわたしを誘惑してくる。

ようし、今は城内見物に集中しなければ。

振りきるように出番表をカバンに捩じ込んで立ち上がる。
それにはもう、しっかりとお目当ての連のところにはマーキングが済んである。

高知城は名古屋城や熊本城などのように広く高くはない。
しかしそれでも山の上にあるので、天守閣からは高知市街がぐるりと見渡せる。

ああ、そうだった。

わたしは、ふと、思い出したのである。

市街を見渡すなら、是非ともあの映画のあの場面と同じ場所から。

「君が踊る、夏」

溝端淳平が主演をつとめ、「よさこい祭り」を舞台に、小児ガンと闘う女の子の夢と、故郷を離れて夢を追いかける青年と、「いちむじん(一生懸命)」に生きる希望を描いた作品である。

実在の女の子をモデルとして、今話題沸騰中の子役・小林聖蘭が演じていた。

一昨年の初夏に公開され、モデルとされた女の子は公開直後の高知「よさこい祭り」、真夏の原宿表参道「スーパーよさこい」で、撮影に協力したほにやの最後尾で、楽しげに、目一杯の笑顔で、踊っていた。

そんな胸が苦しくなるようなエピソードがある名作のとある場面で、溝端淳平らが高知城から市街を見渡す場面があるのである。

あのう、すみませんが、と意を決して案内係の女性に声を掛けてみる。

なんでしょう、とガイドを尋ねられたかと当惑気味の顔で答える。
「映画のワンシーンで、市街を見渡す場面で使われた場所はどこかわかりますか。君が踊る、」
「君が踊る、夏、ですね」

最後の「夏」がぴったり重なった。

「この裏門を出たところで撮影をしてましたから、たぶんそこだと思います」

ありがとうございます。
わたしは帽子をとってお辞儀をし、感少しのあたたかさと感謝の気持ちを返す。

ああ、たしかに、いやおそらくここだ。

「旗のお兄ちゃんと踊るのが夢やき。うち、がんばる!」

汗が目に入って、また頬を伝ってゆこうとする。

そうはさせるかと、シャツの肩口でぐいと拭う。
アイスクリンを自転車のおやじさんから買い、つかの間の清涼で仕切り直す。

ちょうど昼どきで、城下すぐにある「ひろめ市場」で昼食をとろうと思い、足を向ける。

「ひろめ市場」はただでさえ観光で有名な場所である。しかもさらに、すぐそばを主な演舞場で取り囲まれ、踊り子らの更衣・控え室に定められた建物の隣になっているのである。

とてもとても混雑していたので他で食おうかと思ったが、目が合ってしまったのである。

「マンボウの空揚げ」
「ウツボの天ぷら」
「クジラのたたき」

を盆に載せ、ほくほくと席を探す。
フードコートのようになっているのだが、当然、空いている席はない。

うろうろしつくして、早く盆の上の珍味らを食いたくて、思いきって外の席を探すことにしたのである。

炎天下に外の席で長く居ようとする人間はいないはずである。
ビールやかき氷をちょちょいと、ですぐに席を立つだろう、と。

しかしそれでもなかなか見つからない。

こうなったら最後の手段、立ち食いだ、と腹を決めかけたその時、ひとりでビールを傾けているおやじさんと目が合ったのである。

長椅子で、ちょいと詰めてくれればかろうじて座れる。さらに盆も、ちょいとはみ出しそうだが、置ける。

「ちょいと、ここでいただいていいでしょうか?」

おう、どうぞどうぞ、と快く譲ってくれたのである。

おやじさんはビールを、わたしはマンボウだウツボだクジラだのの珍味をつまみながら、語らう。

広島から酒を買いに、しばしばここまで来ていて、よさこい祭りと重なった今日の人の多さに酔ってしまったらしい。

いや、ビールに、でしょう。
いやいや、こんなもんじゃ酔わねえよ、俺は。
はっはっはっ。

ジリジリと日除け傘からはみ出てる体の半分が、香ばしく日に焼けてゆく。

「戦闘機のミサイルにも使用期限みたいのがあるんだけど、知ってるか?」

俺はそういったヤツを、保管所やら処理場までトラックで運んだりもしてるんよ。
ミサイル、ですか。
ほうよミサイルよ。
うへぇ。

眉唾である。
もっと詳しく聞いてみたい気もしたが、そろそろ演舞場へ向かわなければならない。
それに、これ以上いたら、体の半分がこんがり照り焼きになってしまう。

お話の時間は期限切れだが、せっかくのおやじさんの機嫌をキレさせてしまうわけにはゆかない。

タイミングを計って、どうもお邪魔しました、と笑顔で席を立つ。
「おうよ、またな。つってももう会わんじゃろうけどよ」

いやいやわかりませんよ。また偶然どこかで、なんていってみたり。
そんなことあるかぇ!
はっはっはっ。

おっと、珍味の感想を忘れていた。
「マンボウの空揚げ」だが、驚いた。

まるっきり上等の「イカ」のようなプリプリの食感で、美味い。

もし機会があったら、是非食べてみてもらいたい。
宮城の方でも食されているらしいので、行かれることがあればそちらの方でも。

ああ。
あとはめくるめく歓喜と感動の渦に呑み込まれ、二度とは浮かび上がってこれないくらいの底の底に引き込まれてしまった。

「ほにや」は相変わらず比類なき華麗さと鮮やかさで虜にし。
「國士舞双」は揺るぎない実力に基づいた粋で闊達で、物語のような演出で魅了する。

これが、また観たのか、何度観てるんだ、と言われても、それでもまだまだ観足りない。

全身の血液が沸騰する。
全身の体毛と皮膚が音楽とかけ声と熱気に、ありがとうとうち震える。

わたしは魂の半分を落としてきてしまったようである。

だからそれほどならばと、何がしたい、何をすればよい、といったことではないのである。

ただもう、ずっとそのままでいたいだけなのである。

もう、この気持ちのまま旅が終わってしまえばいい。
いや、終わってしまったら東京のいつもの日常に戻ることになってしまう。
それはイヤだ。
ならどうすればいい。
祭りはそれでも夜には終わってしまう。

ならば、先へ行くしかない。
先へ行けば、そうだすぐに「スーパーよさこい」が待っているではないか。

夢見て候う――。

「ほにや」の曲のお決まりの一節が、遠くに聴こえた気がした。

お気持ち頂戴いたしますーー。

「國士舞双」のねずみ小僧たちが大挙して現れ、そして小走りに去ってゆくのを眺めていた。

まだ四国巡り一県目だというのに、いったいどうしてくれようーー。


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