夢見る汗牛充棟
DiaryINDEX|past|will
| 2005年09月18日(日) |
日本酒仙伝 篠原文雄 |
読売新聞社 図書館で借り 生まれる前の本だった
読了。
結構、興味深い本でした。皆、酒から逃れられないんですねぇ。
■酒の神々
酒の起源は、神話から発する
酒の神
オシリス(エジプト)
バッカス(ギリシャ)〜ぶどう酒の祖神〜
日本 代表的な三社
・三輪神社(奈良県) 祭神 少名彦名尊 大国主命(大物主)
祟神天皇 八年 四月 高橋活日(たかはしのいくひ)が三輪大神の掌酒(さかひと)に 任ぜられて神酒を醸し、同時に帝に献じたときの歌。
この人は、神助によって、一夜のうちに美酒を醸したと伝えられる。…味わいたい。ぜひとも。
此御酒はわが御酒ならず大和なす大物主のかみし御酒
朝廷には、造酒司に大宮売(おおみやめ)神四座、酒殿神二座を祭る (『延喜式』より) 大宮売神=大国主命 (『青山延光 酒史新編』より)
酒殿神二座 酒看郎子(さけのいらつこ) 酒看郎女(さけのいらつめ) 仁徳天皇の御世 宮中杜氏 酒部麿とその妻 山鹿比売(やまがひめ)(『姓氏録』より)
酒甕神(さけみかのかみ) 平安時代 造酒司 (大邑刀自神(大甕)・小刀自神(小甕)・次邑刀自神)
豊受比売命(とようけひめのみこと) 豊受比売が初めて丹波に降りた時、酒を造り献上した神
・松の尾神社 大山咋尊(おおやまぐいのみこと) 市杵島比売尊(いちきしまひめのみこと)など
・大酒神社 秦酒公(さかぎみ)
・梅宮神社 酒解神(さかときのかみ)(大山祇尊:おおやまつきのみこと) 酒解子神(さかときこのかみ)(木花咲耶比売尊:このはなさくやひめのみこと) 他二柱
・酒垂明神
■杯
原始時代 椰子殻・貝殻・竹・角 etc 天然物
…というか、むしろ、この時点で既に酒があったとしたら、この時点で 人類は足を踏み外しているんだな。っていうか、そんな昔から飲んでんだから、 禁酒なんて無駄無駄無駄ァァァってもんなんだよ。ね、ユリアン。
古事記なんかで、酒を酌むのに「柏葉」:葉っぱ丸めて杯にするもよう
土器 石杯 高杯(たかつき)って、時代物でお菓子が盛ってあったりするやつ。 あれも、酒の杯として用いられとか。
木杯もかなり古い。時期は明らかではない。 鎌倉時代の木杯などは、今も現存している。
銚子:旧式のものは持ち手が長い。左右両方に口があるのを諸口、一方だけが片口。
結婚式で使用するもの:片口
正月の屠蘇用:提子(ひさげ):比較的新しい
瓶子(へいし)平安時代 とっくり
瀬戸物の猪口:徳川の中期から流行した (直径が2寸、深さ 8分→直径6cm 深さ 2.4cm)
変遷
杯は 自然物→土器→塗り杯→大猪口→小猪口
容器 酒海→瓶子→銚子→燗瓶
酒を造る甕(かめ)を刀自という。 大刀自・小刀自とある。
桶・樽は、甕より後。(室町時代頃から) 漏れないようにする技術が難しかった。
■変わった杯・大杯
蜂龍の杯(7合5勺:1350mlくらい?)
髑髏杯:一升:1800mlくらい入るらしい。すごいですね、頭蓋骨。
七人猩猩の杯:6升5合(11Lと700ML?) この杯を空にした人が、なんと2人だけいるとか。 …ありえねえ。中身が水でも飲めないです…。【摂津名所図会】
その他、1斗入りの大杯:約18リットル (斗:18.039リットル) 1石1斗1升7合入りの朱塗りの大杯 :余裕で200リットル
…ありえん。
可杯:下に置くことができない変わり杯: 穴の底を指で塞がないと中身がもれる杯:すでに、杯として機能してないです。
■ありえん、酒飲み達
酒合戦を記録した読物『水鳥記』(慶安元年 1648) (江戸時代 3代将軍の頃 著者 茨木春朔
酒合戦掟
1.乱酒厳禁のこと 2.飲酒道の古式を重んじ、作法礼あるべきこと 3.泣き上戸、喋り上戸、舞い、騒ぎくだを巻くこと禁物のこと 4.殊に喧嘩口論ゆめなすまじきのこと、寝上戸はその限りにあらず 以上
『続水鳥記』(文化12年 1815)
厳島杯(5合)<鎌倉杯(7合)<江島杯(1升)<万寿無量杯(1升5合) <緑毛亀杯(2升5合)<丹頂鶴杯(3升)
各種大杯とりそろえての、大酒戦
千住米屋松助 3升5合 野州小山の佐兵衛 7升5合(優勝) 千住掃部百姓 市兵衛 4升5合 会津浪人 河田某 6升2合 みよ(女) 1升5合 千住の菊屋 おすみ 2升5合
・文化14年3月23日 両国柳橋の万八(万屋八兵衛)で大酒大食会
最高 1斗9升5合 芝口の鯉屋 利兵衛(30歳) 他 酒豪多数…
〜この頃の酒は、今より薄いのでしょうか? それでも、たとえ、飲んだのが、アルコール度数5度に満たない 缶チューハイでも酔いつぶれて下手すれば死にそうです。 世の中には、恐ろしい人がいるものです。
|