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夢見る汗牛充棟 DiaryINDEX|past|will
【ラフカディオ・ハーン著作集 第1巻】読了 風景描写とかなんつか神秘的或いは不気味なもん表現したらぴか一な 感じな文章よね、とか思った。 でも、グルメ雑誌の記事には向かなそうだなぁ、とか。 白い尖塔の如き帽子を高く頭上に戴いた眼光鋭い一人の男が、手馴れた 動作で、鈍い銀色に光を放つ鋭い包丁を縦横無尽に振るうのを私は黙っ て見ていた。月桂樹の葉・丁子・大蒜・玉葱・切り刻まれた肉が大鍋に 投入されてゆく。男は呪文のごとくぶつぶつと何事か唱えながらゆっくり と大鍋を掻きまわす。それにしたがって鍋の中のものも緩やかに鍋の内側 を回流するのだった。男が鍋を見守るその様は禁断の秘儀を執り行う祭司 の姿にも似ていた。…(中略) …やがて鍋から漂い始めた名状し難い香りが私の鼻腔をくすぐった。 男は輝くように白い陶器にひとすくい鍋のなかのものをよそうとそれを 私に差し出すのだった。 「喰ってみろ」 ……やなこった。 それは置いておいて、中の一編《死せる妻》が かなり涙腺にきて危険だった。詩の訳文の紹介らしい。 奥さんに先立たれた男の慟哭の詩だ。 〜三伏と呼ばれる六月になると、日中の暑さは焼けつくように耐えがたい。 その頃は富者も貧者も衣を干す、私もまた、ある一枚の絹の衣を取り出し 日の光の中に掛けねばならぬ。妻の縫い取りのある靴を日の光にあてねば ならぬ。ごらん。これは、彼女が祭りの日にいつも着ていた衣、これは 彼女がその優美な足にぴったりと履いていた小さな靴……だが、私の妻は 何処に居るのか〜 人は消滅し、物は残る。記憶も残る。今いない人の持ち物を見て涙する という感覚は、とてもわかる。
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