夢見る汗牛充棟
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2003年04月18日(金) 嘘の進歩

【ラフカディオ・ハーン著作集 第1巻】読了

『嘘の進歩』より

〜もし行政を支えているのがコリント式に優雅に
彫られた嘘という円柱だとしたら、どうしてその国のつつましい一市民が
その立派な規範に従うことを許されぬ訳があろうか。人類の間で広く行わ
れている行為はすべて自然の必要性から生まれたものであるというのが
一般的な定説になりつつある現在、嘘も自然の必要物だと考えてはいけ
ないだろうか。
その歴史が雄大かつ深遠であり、神話の黎明期にまでさかのぼることは
すでに述べた通りである。末は世界の終滅まで続くであろうことも疑いの
余地はない。連邦政府に残された道は、この社会的必要悪の行使を合衆国
の司法権の範囲内に限定、統制し、政治家という嘘つきに認可を与え、
同時に彼らがその独自の天職を果たせるよう保護してやることだけである。〜


これが書かれたのは米国在住の時らしいので、西暦1869〜1890
の間あたりのことの模様。
百年以上後のわしが読んで身につまされるってのも嫌なもんだな、と
思うとへこみますな。
昔の人も新聞記事で政治家は嘘つきだとこきおろしていたんだか?
今もいろんな人が政治家は嘘つきだとこきおろしているし、
えらい人がえらそうに述べるまでもなく、政治家は嘘つきで
選挙運動の握手の時だけで持てる慎ましさと誠実さを使い果たして
いらっしゃるので、嘘の分厚い衣をまとった学食か弁当屋の天ぷらと
大差なく、喰えたもんではないってことだよな。
でも、わしが正直かってぇとそれは確実にない!んで、不正直な人間
たちを代表するのが、正直者なわきゃないんだな。
不正直者は正直者を駆逐する。
もうここには正直者は残っていないかもしんないな。
もし正直者なんて人がいたら、捕獲して厳重に保護し、正直者同士を
つがいにして、地道な保護活動を行うべきかもしんない…とかすげー
くだらないこと考えた夜でした。



風景描写とかなんつか神秘的或いは不気味なもん表現したらぴか一な
感じな文章よね、とか思った。
でも、グルメ雑誌の記事には向かなそうだなぁ、とか。

白い尖塔の如き帽子を高く頭上に戴いた眼光鋭い一人の男が、手馴れた
動作で、鈍い銀色に光を放つ鋭い包丁を縦横無尽に振るうのを私は黙っ
て見ていた。月桂樹の葉・丁子・大蒜・玉葱・切り刻まれた肉が大鍋に
投入されてゆく。男は呪文のごとくぶつぶつと何事か唱えながらゆっくり
と大鍋を掻きまわす。それにしたがって鍋の中のものも緩やかに鍋の内側
を回流するのだった。男が鍋を見守るその様は禁断の秘儀を執り行う祭司
の姿にも似ていた。…(中略)
…やがて鍋から漂い始めた名状し難い香りが私の鼻腔をくすぐった。
男は輝くように白い陶器にひとすくい鍋のなかのものをよそうとそれを
私に差し出すのだった。

「喰ってみろ」
    ……やなこった。



それは置いておいて、中の一編《死せる妻》
かなり涙腺にきて危険だった。詩の訳文の紹介らしい。
奥さんに先立たれた男の慟哭の詩だ。

〜三伏と呼ばれる六月になると、日中の暑さは焼けつくように耐えがたい。
その頃は富者も貧者も衣を干す、私もまた、ある一枚の絹の衣を取り出し
日の光の中に掛けねばならぬ。妻の縫い取りのある靴を日の光にあてねば
ならぬ。ごらん。これは、彼女が祭りの日にいつも着ていた衣、これは
彼女がその優美な足にぴったりと履いていた小さな靴……だが、私の妻は
何処に居るのか〜


人は消滅し、物は残る。記憶も残る。今いない人の持ち物を見て涙する
という感覚は、とてもわかる。


恵 |MAIL