| 2004年07月17日(土) |
さらば過去の思い出たち |
今日、家にあるゲーム機をすべてうっぱらってきた。 その行動に出た原因は、実はPS2の熱暴走によるフリーズ症状が出てきたからだ。 ファンのところのほこりを掃除していなかったわけだが、そこを掃除してもフリーズ癖は直らなかった。要は、中の基盤まで行かれてしまったのだろう。 全然電源が入らないわけではない。ただ、止まる。 それが問題なんで、うっぱらって来た。 それと一緒に引越しの際に荷物を少なくするために残りのゲーム機も売ってきた。 もう、ほとんどやらない代物だったので、実生活には困らない。 しかし、そのハードには、それの当時の思い出がたくさん詰まっている。
捨てたのではない。 新たなるところに旅立ったのだ。
そう思うことでしか、彼らを手放すことはできない。
●スーパーファミコン
これをおいらが購入したのは高校一年のときだった。 それまでの主流機だったファミコンの性能も限界を迎え、また、当時最強といっても過言ではなかった家庭用ゲーム機のメーカーが高性能機を販売し始めたのだ。 そして、需要に対して供給が間に合わず、品切れの状態が続いていた。 今でも付き合いのある彼のお父さんに発注をお願いしたが、それよりも早く高校の近くの電気屋で入荷したことを聞き、買ってしまった。 その後の彼の父親が買ってきたSFCはまるで眼中になかった。 彼はおいらに文句を言ったが、彼の父親はおいらに何一つ愚痴を言わなかった。 友達だからということはあるが、それ以上に子供としてみてたので、言っても無駄だと思ったのだろうか。 高校といえば、自分は少し大人になったと錯覚する時期だ。 今考えてみても謝りたい事例のひとつである。 しかし、彼も、彼の父親もすでに忘れているだろう。 すでにおいらの過去の過ちとして永遠に刻まれていくに過ぎない。 たぶん、謝ったとしても、彼の家に当時のSFC代金24800円を送ったとしても、全く意味のないことだろう。自己満足ということを除いては。
この当時の、自分にある引け目ですら忘れられないおいら。 自分に対して曲がったことをすると、永遠にその束縛から離れられないというおいらの特性は、ここでも生きている。
●セガサターン
瀬肩三四郎(だっけ、漢字)で有名なセガサターン。 このハードを買ったきっかけは、SFCで目覚めたサッカーゲームの3D版をやってみたかった、という動機だった。 しかし、かっては見たものの、作り手のやりこみが足りないのは明らかで、ゲームとしての品質には欠ける。 セガのゲームでやりこんだのは、バン●イにしては珍しくまともだった横スクロールの「機動戦士ガンダム」。 しかし、その作りこみでやったのかな、と思って買ったZは駄作でしたな。後編はまあまあだったけど。 後は、当時SFCの逸話で出てきた彼と、ゲーセンではまっていたバーチャロンというゲームを結構やりこんだが、いかんせんマシンパワーが足りずがっかりだった。
このマシンの逸話は、やはり彼女だろう。 お互いに好きあっていたが、年齢の壁を超えられなかった彼女。 年齢を超えて彼女を振り向かせることができなかった悔しさを、あのハードはおいらと共有していた。 未だにゆずやら大型ガス馬車のねーさんをひっ捕まえては、『年上じゃなきゃ付き合えないって言うな!!』と口をすっぱくして言っているのだが、連中はおそらくおいらのどうしても超えられなかった壁の高さに思い至ることはないだろう。 っつか、ゆずが思い至ったら、それはそれでぶっ殺されそうな気はするけど。 大型ガス馬車のねーさんの彼氏は、現在ゆずと同い年。 どうあれ年下と付き合っているのだから、許す(^^) ちなみに、ねーさんは今熱海で彼氏とラブラブ温泉中のはず。いいのー。 ただ、バツ一子持ちは、全力で恋愛にぶつかっていけないのがつらいよね。 やっぱり子供優先だし。次恋愛に全力でいけるとしたら、子供が仕上がってから。 そうなったら、婆じゃん(−−; ゆずが安定期に入ったら温泉にいこっと。 さて、このセガサターンは、彼女がおいらを初めて家に呼んでくれ、手料理を食べさせてくれたときに貸し出したハード。 彼女もサターンのゲームをやってみたかったみたいね。 同時に、家族全員分のおかずがひとつの大皿に盛られている現状を見て愕然としたのもこのとき。 おいらは、女の子の家に行ってご飯食ったことなかったんだよね。当時。常に外食だったし。そういうところでカルチャーショックを受けていたりしました。 今、ゆずがご飯作ったときにも、野菜炒めとかは一枚の皿だけど、焼き魚は人数分だからな。全く実家と違和感がないのも不思議なところだ。 もっとも、一枚のほうが洗うのは楽だけどさ。 そして、彼女に「好きだけど年齢の壁はどうしても越えられない」という一言をもらう前にハードを彼女の元に残したまま姿を消そうとしたこともあった思い出の一品。 ああ、思い出すだけでも切なくなってくる(^^; 恋愛でもまっすぐにしかいけなかったおいら。自分がかわいくて、自分のためなら友人も彼女すら裏切れるそいつが、うらやましくもあったっけ。でも、おいらがそれをしたらおそらく今この世に居ないだろう。不器用なんだよ、O型は。
●64
これも、コナミが発売したサッカーゲームの3D版がやりたくて買ったハード。 このソフトは出来が良かったね。 まだ実家だったけれど、秋葉原までわざわざ本体とソフトを買いに行ったっけ。 ゼルダの伝説シリーズが初めて3Dで出たのを買った。 これも楽しめた。 ただ、64はCDROM対応ではなかったため、やはり次世代機(当時)戦争には少し生き残れなかった。CDROMのアクセス速度などの問題を指摘し、高速処理を売りにしていたのだけどね。 ハードウェアの成長は早い。
このハードのときは、もんじさんの率いるサッカーチームの合宿にもっていったり、と大活躍だった。 でもやっぱりサッカーゲームのみ。 このハードがメインで動いていたときは、すでにゆずとあっています。
●PS2
さらに次世代機。 これは、64のサッカーゲームがこっちをプラットフォームとして出るということだったので移行したハード。 しかし、このサッカーゲームは2000までが良かった。 その後のは今までのネームバリューをすべて壊すほどに最悪のつくりで、おいらはその時点でそのサッカーゲームから離脱。
現在はウイイレにはまり中。のはずだった。壊れなきゃね。
2000は実家で。2000FEは群馬で買ったソフト。 ちょうど移行期にまたいでいた。 あと、PS2のガンダムを初めて買ったのもこの時期。 まあ、やりこんだよね。 でも、所詮はアニメオタク集団が作ったソフト。 ゲーム性はぼろぼろ。 その後の連邦VSジオンのほうがやりこんだね。 今もやるし。たまに。
---------------------- これらの思い出を、すべて売ってきました。 トータル5300。 安い(−−; 時代等々を考えた投資を考えると、全部で20万以上は投資しているはずなのだが……。
子から夫へ。そして父へ。 その切り替えの引越しのための整理。 近いうちに独身時代にためた漫画もだいぶ旅に出す予定。
PS プレステ2は、新しいバージョンを買います。 子から夫へ、夫から父へなろうが、ゲームは卒業してません。 でも、RPGはもうできないな……。 連どらもそうなんだけど、もう他人のトラブルに泣き、笑い、怒るほど、現在の生活には余裕がありません。
|