2004年01月30日(金) さよならルリちゃん

朝食時、父親から連絡があった。
インコが今朝一時過ぎ、なくなったそうだ。
母親が動かなくなったのを確認したのが午前一時。そして、朝見たら冷たくなっていたそうな。

覚悟はしてたからね。
寂しいけど仕方ない。生きているものはいつか必ず死んでいく。
ペットを飼うというのは、新しい出会いだ。
そして、新しい出会いには、必ず別れがある。

おいらも、そのうちこの世のすべての人と別れなければならない。
けれど、いずれ死ぬ身だから、といって嘆くことはしない。まだできることあるしね。

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ルリは、今までおいらが飼った中で、一位、二位を争うほどに頭がよかった。
まず、人の見分けがつく。
父親、母親、姉、祖母、おいら。
みんな見分けがついていた。
そして、呼び方を変える。
おいらを呼ぶときは、「なんちゃん!(おいらの実名)」と呼ぶのだ。
そのほかにも、姉を呼ぶときには姉の名を(ちと撥音は怪しかったけど)。
母親の名を呼ぶときは、母親の名を。
ばーちゃんと、親父は呼ばなかった。
恐らく、家族が呼んでいる呼び名から、個体名を認識していたのだろう。
だれも、親父を名前では呼ばない。バーちゃんを名前では呼ばない。そのため、ルリも呼ばなかったのだろうと思う。

そして、自分の自己主張をはっきりした。
二階で親父が新聞を読んでいて、母親が一階で皿を洗っていたとき。
ルリは二階に行きたいと主張し、「電気をつけろ」と要求する(鳥目だからくらいとみえないのね)。
母親が廊下の電気をつけ、父親が階段の電気をつけ、「いいよ!」と呼ぶと、一階から二階への大移動が始まる。
廊下の電気は暗い。そのため、ゆっくりと階段のところまで飛んでいき、明るくなると、一気に駆け上がる。
そんな日々が続いた。
本当に頭がよいと感心した。

一度、逃げ出したことがある。
本来、家で飛ぶときには、天井があるため、高くは飛べない。しかし、屋内で飼っているインコは、程よい高さ、というものを知らない。
そのため、舞い上がりすぎ、疲れて降りてきたところをつかまった。
おとなしく篭に戻る。
バーちゃんが鳥かごのふたが開けっ放しだったのが原因だった。

インコといえど、生き物。
かなりの知恵がある。だからというべきか、初めて飛べるとうれしいらしい。
めちゃくちゃな飛び方をする。
ほとんどアクロバットだ。
その辺も人間チックでよかった。
その一方で、うれしいとテーブルの上で両足そろえてちょんちょんとんでまわったり、とかわいい面も見せる。
携帯のストラップをくわえて、遊ぼうとしたが、携帯が重すぎ、自分がひっくり返ってしまったこともあった。ちょっと間抜けなところもある。

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思い出せばいろいろよみがえってくる。
彼が家に来たのは、おいらが高校三年のとき。
(本当の)18歳のときだ。
あれから11年。
おいらは、大学をで、社会にで、家をで、家庭を持った。
今度実家に戻ったとき、鳥かごの中には彼はいない……。

------------------------2004/1/31追記

るりは庭に埋めてもらったそう。
頭をかるくさわさわされてはうっとりしていた、プラスチック製の止まり木に
つけられていた鈴。
あまりに吐き戻しのえさがいっぱいついたため、胃液で半分溶け出していた。
るりは、お気に入りのそれをもって旅立っていったそう。
幸せだったんだろうね。
実家の母親にそう声をかけておいた。
ただ、死ぬ最後まで、外に出て、みんなとともにいたかったようだが……。すべての生き物は老衰で死ぬときの、自分の死期がわかるようだ。
別れを告げたうちのペットは数多い。
自分で自分の存在を認め、周囲に知らしめて、お礼を言って死んでいく。
それって、幸せの証明じゃないかな。そう思えてならない。


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