うちの親会社に入ってきたある人。
決して悪い人ではないし、気さくな人である。 しかし、電話が数本同時にかかってくると、パニックを起こし、取引先に怒鳴る。本人そのつもりはないが、がなっている。 観光大型ガス馬車の請求書を作ろうとして、中に入っている式を消してしまい、なんか分からんけど壊れてしまった、と悲しそうな顔をする。 電話で受けた内容をメモをとらずにいるため、忘れてしまい、取引をすっぽかす。 なんだか分からないけどもうろうろしている。
決して変わっているわけではない。 しかし、周囲の評価は「使えない人」。 彼は、●バルから出向してきた人。 学歴はというと、なんと京大卒。(早稲田だったかも) ●バルで営業をこなし、このほどリストラで職を移ってきたのだ。 しかし、その勤務態度はどうかというと、上記の通り。 決してサボろうとしているわけでもない。 変わり者、というわけでもない。 なのに、仕事ができない。
おいらが入ると同時に辞めた慶応卒の彼。 塾の講師をやっていたというが、彼も半年もたずに辞めていった。 彼も、周囲の評価は「使えない人」。
かつては、
高学歴者=使える人=優秀な人材
という公式が成り立っていた。 それゆえ、おいらの親父の世代は、子供にとにかく教育をした。 一時期問題になった、塾づけの毎日だ。 塾のはしご、というのもやったという。
しかし、高学歴者といわれる存在の現在が今のていたらく。 以前から、高学歴者が仕事ができるとは限らない、ということは言われてきた。 勉強ができなかったおいらたちも、そう言ってたクチ(爆) だが、その一方で、勉強ができない奴が、仕事ができるか!という風に感じていたのも事実。 それゆえ、勉強ができないというのは、大いなる劣等感として存在していた。 しかし、今になって思えば、成績がよかった人間は、(全てが全てとは言わないが)問題と答えを丸暗記していたんだ、ということ。 つまり、ちょっとひねられると、対応のしようがなくなる。 以前のなんにゅうで、免許の話についてかいたんだけど、効率よくテストに通るのは、やはり丸暗記、なんだよね。 その最たる例が上の二人なんだな、ってこと。
1+1は2です。 1+0は1です。
しかし、1+1は11かもしれないし、0かもしれない。 それを違う、と突っぱねず、なぜそういうふうに至ったのか。そして、そういう考え方もあるのではないか、という、『思考する』能力も、仕事には必要なんだと思う。 自慢じゃないが、おいらは、そういうわけの分からんことを考えるのは得意だった。(いいわけがましいともいう(爆))
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学卒者が無能だという気はない。 やはり、勉強ができるのはある意味才能だし、丸暗記も才能だ。 けれど、それだけに突出してはだめなんだろうね。 そして、上の二人も、あれだけ暗記できたんだから、凄い人のはずなのだ。 本人がそれに気づいて、立ち直りさえすれば、修正は容易だとおもうんだよね。 確かに、親にそれでいいといわれて育てられてきたんだから、大変といえば大変だけど。
---------------------------------- 学問を丸暗記するのではなく、意味を考え、理解し、納得する。 それこそが必要なんだろうなって最近常に思う。 時間がかかってもいい。ゆっくり考えて、自分の血や肉にしてほしい。 そんな教育を、自分の子供にできたらいいな。 まだいないけど(^^;
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