今日は、東京の実家の連中と合流し、墓参りに行ってきました。 来月の16日には、二十三回忌。 なくなってから二十二年も経ってしまったのね。 でも、思い出してみたけど、じいちゃんの顔は良く思い出せる。 おそらく、孫の中では一番かわいがってもらったろう。
うちのじいちゃんは、灯台の砲学部と蚊学部を二つ卒業した、変わった人。 電車オタクで(爆)旧国鉄に入ってしまった人。 もう、おいらが生まれたとき、既に定年退職していたのだろう。 じいちゃんが働いていた記憶は全くない(爆) でも、当時は定年が55だったかもしれないし(昔は凄かったのね)。 おいらが6歳の時になくなったわけだが、(おいらは18歳11年目)なくなった当時74だから、存命であれば、96だったわけだ。 うひょー。 金田一春彦さん(国語辞典でおなじみの、とんでもない国文学者の先生……写真をweb上で拝見したら凄いお年を召していたのも無理はない(−−;)が葬式に来てくれたといわれて、納得する。 年代的に同じで、どうやら一番の仲良し(二十年以上前の記憶で、薄いぞ(爆))だったらしい。うちの親に「辞書とか書いてて、凄く有名な学者さんよ」と紹介を受けたが、当時六歳のおいらがそんなこと言われて、凄さが分かるわけない(爆) しかし、こうやってかいて並び立てて見ると、うちのジーちゃんって凄かったのね。 んでもっておいらがなぜこんなにできが悪いかというと、それは当然、『出がらし』だから(^^; ほんとかな(−−)……
----------------------------- うちの宗派では、確か37回忌が終わると(数字不明。確か素数だった記憶が)仏様になれるらしい。 ということは、まだ後15年かかるのか(^^; うちのおじさん(この前49日をしたおじさん)が、新入故人だとすると、うちのジーちゃんは中堅故人となる(なんじゃそりゃ(^^;) うちのジーちゃんに、おじさんの面倒を見てもらうか。無理?(笑)
でも、宗派によっては、71回忌(?)があったり、101回忌(ほんとかよ)があったりする場合もあるらしいので、宗派によっては中堅どころか、単なる主任クラスかもしれない(^^; 死者の道のりも長そうだ(爆)
----------------------------- うちの親父が、死を意識し始めた。 まあ、そりゃ当たり前だが。 自分の親ならともかく、自分の兄弟が亡くなりはじめれば、死を意識しないほうが無理だな。 で、入る墓の話になると、今日行った墓(母がたの墓)にはいってしまうつもりらしい。 んで、墓石には単純に『墓』と刻みなおすようなことを言っていた。 いやいやいやいや。どうせなんだから連名にしとけよ、と思ったのだが、実際はどうするかは不明。 ついに言えば、心停止のときの電気ショックの話にも及んだ。 電気ショックは、一発70000円。 その値段を聞き、「俺は……一発でいいや、もったいない」といっていた。 してもらう気でいたのか(^^; 一発ドゴン!とやるだけで、福沢さんが七人家出する。元銀行員の親父としてはたまらないことかもしれない(笑) これからの世の中、多分福沢さん7人×●回やって、生き残っても、楽しいことはあまりないと思うぞ。それよりは、意識がなくなるそのときまで、全力で生きてくれ。そう思った。
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