2003年04月24日(木) 中間の悲哀

うーん、悩みである。

簡単に書くと、おいらは、今まで固定だった営業所のガス馬車御者を、ローテーション化することで、水揚げの均一化、無線番の後継者育成を画策してた。

ところが、それを取締役に提案したとき、こういわれた。
「気持ちは分かる。そうした方が会社にとってもいいということもね。ただ、俺がそうできないのも分かってくれ」

説明を聞いてみると、ガス馬車御者個人の問題が非常に大きいそうだ。

・小さい仕事が連続すると切れるガス馬車御者がいる
・仕事を覚えられないガス馬車御者がいる
・働かないのに水揚げについてぶつぶついうガス馬車御者がいる
・etc

こりゃ、社員教育のレベルじゃない。
道徳観念の問題だ……。
小さい仕事が連続したって、仕方ない。それは時の運だ。それを早くこなせば次にありつきやすいし。お年寄りに仕事が小さいのを八つ当たりするなんて論外。
仕事を覚えられないんじゃ、水揚げも伸びない。一ヶ所の仕事も覚えられないのに、ローテーションは不可能。しかも、それに危機感をもってもらえない。
勝手に早く帰ったりする人間が、完全歩合で動くこの業界に平均化は無意味。

確かにそーだ。
金銭感覚、道徳観念は個人的な問題。
いまさら、こちらがぎゃーぎゃーいったって、直るもんじゃないし、年下の言葉なんざきかんだろう。

でも、ガス馬車御者の気持ちも分かる。
仕事は一個当たりが大きい分、数が少ない。
一日七回、八回の仕事で、小さいのがあたったら、その日の水揚げは少ない。
長期的に見て、お客を増やしていけばいいのだが、彼らはその日の生活がまずありきだ。おいらも歩合で生活していたからわかる。おいらはお客に当たりこそしなかったけど。

ガス馬車御者を人間として捕らえなきゃいけない事務と、駒として捕らえる経営者。
その両方の見方ができるだろうか。
根本的に、おいらにはそれが無理なきがしてならない。


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彩葉 [MAIL]

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