ひがみという言葉を辞書で引いてみた。
1.ひねくれる。心がねじける。自分が不利なようにゆがめて思いこむ。 2.曲げて事実に相違させる。ひがむようにする。曲がるようにする。反対の方向に行かせるようにする。
ひがみという感情、最近目の当たりにする。 ドラマでもしかり、現実でもしかり。
人はなんでひがむんだろう。
ゆずも知っていることだが、おいらには、僻みという気持ちが殆どない。 一度、最初のガス馬車御者の事務のとき、金がぴったり18000円足りなかったことがあった。そのときは、明らかにはげが嫌がらせで隠したもんだと思った。そのときは結果的においらの計算違いだったのだけど、そのときの気持ちと、『ひがみ』とは別物だと思う。 おいらの場合、最初の出来事があって以来、こいつはなんかしでかす、と思っていたから、疑心暗鬼に陥っていた部分があったし。言い訳?(笑) でも、こっちには悪いことはなんもないから、堂々としてますが(^^;
ひがみってどういう感情から生まれてくるのだろう。 最初は、多分羨望の念からなんだとおもう。 しかし、その気持ちがかなわないと、すべて自分にマイナスに考えるようになってしまう。それが僻みの感情。 そんな気がします。
おいらも、羨望の気持ちは正直ある。 前も書いたかもしれないけどジャ●プの小説大賞に応募して、一次も通らなかったとき、その回の受賞者の高校生に対し、凄まじいまでの嫉妬の念があった。 彼女(確か受賞者は女性)は高校生なのに、おいらを上回る能力をもっていたのか。 発想が違った? 文章力が違った? 構成力が違った? それとも、その全てがおいらが劣っている? 一時期、非常に悩んだ。 一冊の本と、一人の人によって一筋の光明が見えたときには、少し立ち直れたけども。
おいらに足りなかったのは、テクニック。今のところは、問題点はそこ。他も足りないところはあるかもしれないけど、まずは一つずつ。 それを意識しながら原稿を書くことに取り組んでます。
正直、嫉妬は必要な感情だと思う。 羨み、自分の位置を探ることで、発奮し、更なる努力をする。 それがかなうかは分からないけど、がんばれるし。 でも、その嫉妬の心を持ちながら、諦めてしまうと、それが僻みに繋がっていくようなきがする。
年齢がある程度いって、俺はもう十分だから、といいつつ、僻んでいる人を結構見かける。 若い人もたまにいるね(−−; 十分だからってのは、その人にとっては言い訳なんだろう。本当はやりたいけど、年齢とプライドとが、新しいことをはじめることを妨げている。 新しいことをして、すんなり行けばいい。けれど、障害にぶつかることもあるだろうし、年下に教えを請うこともあるだろう。 それが多分、許せないのだ。 やりたいことが、プライドが邪魔してできない。 それが、僻みに繋がっている気がする。
でも、新しい会社の無線番のおじさんは、すでに孫がいる年にして、新しくHTMLを勉強してHPを立ち上げた。 ゆずの知り合いの中には、定年退職後、スカイラインでドライブを楽しんでいる人もいる。
そういう人たちは、すごく開放的だ。 プライドはあるだろうけど、不必要なところまで、そのプライドを持ち込まない。 それゆえ、今でも新しいことを学び、習得していくことの楽しさを謳歌している。
いらんプライド。 プライドを持つなということじゃない。 誇りはもっていいし、プライドも持っていい。 でも、それは外に出すもんじゃない。他人を見下す尺度じゃない。 逆境を発奮材料にするための道具。それこそがいいプライド。
そんな風に思う。
んだけど、やっぱ、小説家デビューした人は羨ましいなあ(笑)
なんて、難しいことかいちゃったけど、明後日からは、多分また仕事報告日記に戻ると思います(−−メ
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