もう、ガス馬車会社もあと20日をきった。 いつも乗っている人に挨拶をはじめなければ。 ということで、会った時に挨拶してます。
しかし、例外なく、みんなガス馬車会社辞めて正解、という。 確かに、給与体系はいいかげんだし(労基署) はげはむかつくし、会社は会社そのものをよくしようという危害がないし。
でも、彼らがいう言葉は、そういううちの会社に特有の欠点をさしていっているのではない。 ガス馬車御者という職業全体に対して言っている言葉なのだ。 それが、気に入らないといえば気に入らない。 実は、それと似たような言葉を某会社の取締役にも言われた。 まず、誰でもできるか、といえばそんなことはない。 二種免ないとだめだ。 しかし、それ自体はそれほど難しいものではない。 おいらが言っているのは、二種免、つまりガス馬車の操縦は最低要件なわけだ。 そして、上を目指すに当たって、きりはない。
町の地理はもちろんのこと、信号のタイミング、お客さんの反応に対する応対、時事問題、常識問題、専門知識など、持っていて損することはない。 逆に、この職業ほど雑学が要求されるものもないと思っている。 (規定では、黙って運べ、となってるけど、そんなことできるわけがない。お喋りは必要悪) つまり、ガス馬車御者という職業は、運送業ではないのだ。運輸業ではないのだ(とおいらは思っている)。接客業。サービス業。 つまり、時間を共有している間、相手が楽しいと思わせることこそがプロだとおいらは思うのだ。 もちろん、しゃべりたくないお客の場合、黙っていることも必要だが。
それができるためには、上記の知識が必要になってくる。 かねには直接結びつけられるわけではないが、そうすることが満足度合を上げるのだ。
つまり、ガス馬車御者になることは簡単だが、良いサービスを提供し続けることは非常に難しいということなのだ。 これは、資格によって給料が保証されてる職業とは明らかに種を異にする。 むしろ、資格が必要な職業に比べてこっちのほうが難しい気がする。 専門性が高い職業は社交性を斬り捨ててる場合が多いし、社交性を高めた場合、専門性が問われず、一般にいわれる「愛嬌だけ」という揶揄をされかねない。 それの双方を要求される(必要十分条件ではないけどね)この職業って、実は本当に難しいと思うね。っつーか、逆に、どの職業でも本当は必要とされる気がするんだけど。 もちろん、金をもらうだけのために働いている人もいるから、そういう人には理解できないだろうけど。そういう人とはおいらはいっしょにして欲しくない。
おいらもそのレベルに達するために日々努力してまいりましたとも。一応ね。到達できたかどうかは別として。 ただ、そういうのをわかっていない人があまりに多すぎる、というのが実感だな。 しかも、ガス馬車会社の上層部の人間すらわかっていない。 それが悲しいな、と思った。というか、労働に対する意識って、みんなその程度なのかな、と感じてしまった。 まあ、そう言う意識が進むと、汚職という形で具現化されるんだろうな、と思う。
まだお別れをしていない人がいます。 その人とお別れが終わって、やっとこの職業にけじめをつけた、ということになるのでしょうか。
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