2002年07月29日(月) 年代の特徴

うちのガス馬車御者の年代は、結構綺麗に分かれている。
分けると以下の通り。

・六十台前半
・五十台中盤
・四十代後半
・二十代後半

となる。

六十代前半が、やくざ上がりの人であり、大型ガス馬車御者であり、旅行屋さんだ。
五十代後半が、喘息フィリピーナ、嫁さんチャイナ、ゴリさん。
四十代後半が、糖尿病。

今日は、糖尿病と、詰め所当番。
そこで出た話は、六十代前半の話。

六十代前半の人間は、人に物をあげたがる。
しかし、自分は物を受け取らない。

これは、みなに共通する。
これについて、理由はあるようだ。
彼らが子供の当時、ものがあまりなく、親からモノをもらうことがなかったらしい。
その彼らが成長するのに比例するように、日本の経済も成長していく。
彼らの所得も、右肩上がり。
いつしか、彼らは自由に物を買えるようになり、父親を超えた気になっていた。
(確かに、彼らの言葉を聞くと、父親を超えたと、自慢するように取れる発言が多い)
自分で何でも買えるのが自慢の彼ら。
そんな彼らがモノをもらうのは許せない。
というより、物をもらうことを「恵んでもらう」と捕らえるきらいがある。
物をもらうのは、彼らの中で、失敗して一財なくしてしまった人間が、お情けで分けてもらう、という認識なのだろう。
(裏を返せば、何事も金で解決しようとするのが彼らの年代の特徴)
口ではなんといっても、その態度は消しようがない。
そして、彼らは、しきりに『金さえ稼いでくれば、女と遊ぼうが、ばくちを使用がかまわない』を口にする。
金に魂を売った世代。

『傲慢』

おいらが彼らから感じる印象。
そして、金をやりすぎるがゆえに、彼らの子供たちの代が借金が多い。
現にうちのガス馬車御者の連中も、息子が大金を借りて使い込んでしまった人間は半数くらいいる。
親の介護に、金だけ出して満足している人間。
彼らの子供が欲しかったのは、金ではなく、愛情。
彼らの親が欲しかったのは、金ではなく、孝行。

彼らはいつ気づくだろう。
自分たちの傲慢さに。
金は必要だ。しかし、金だけではどうしようもないこともある。
それを子供たちに教えられなかった自分たちの失敗に。

おいらのこの凝り固まった考えを、否定してくれるくらいの六十台の人間の出現を切に望む。


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彩葉 [MAIL]

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