お嬢の日記
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私が見つけたラッキー♪
安楽死の条件には治る見込みのない病や痛みに。 苛まされていること…に。 私は思いきり該当する。
毎日目覚めて思うのが私の人生この痛みと。 倦怠感から逃れられたらなぁ。 もっと違う生き方が出来るのになぁ…
長らくごまかしてきた気持ちを再確認してしまって。 朝まで眠れなかった。 週末はアルコール依存気味になっいて毎週。 辛いのだけどこの時間は私にとって。 必要な時間なのも確か。 だから無理に無理を重ねても誰にも迷惑を。 かけることなく社会生活が送れているのだとも思う。
昨日終盤チラッとだけ安楽死の番組をやっていて。 封印していた気持ちが蘇ってきて震えてしまった。 あーやっぱり私は死にたいのだなと。 今となっては若い頃みたいに突破的に。 行動出来たりするわけでもないのだけど。 あの時死ねればよかったのにといつも思う。 語学力さへあるのならあっと言う間に。 行動してしまいそうなのだ。 へんに行動力があったりする自分に。 想像してしまって暫くは落ちつかないのだと思う。
こう言う話は主治医にも友達にも言うことは。 出来ないから苦しい。 最近は好きなドラマを見るのですら疲弊していて。 横臥して過ごすしか出来ない。
50才を過ぎて51才になる方が近く。 生きてきたのだけど。 たぶん5才くらいから身体が痛くて倦怠感に。 悩まされてきて普通に生きられなくて。 もがきながらここまできて。 両親は器用な人ではなく足りない部分は。 頑張って努力しているのを見ていてくれる人が。 どこかしらいつも居て。 社会で出会った人達に恵まれてここまで繋いでこれた。 結婚と出産こそ経験していないが夜の世界で働いたり。 本一冊出せそうな位の波瀾万丈な人生を。 歩んできたとさへ思う。
今では自立しまだ親の介護もきていなく。 資産も小さめの新築一軒買えるくらいはある。 今は他人から見ると恵まれている方の。 人生なのだと思う。 だけど身体が思うように動かなくて。 出来ないことが多い人生はやっぱり辛くて仕方がない。 精神だろうが身体だろうが身体がついていかなく。 人についていけなく一人を選んでしまう。 本当はもっと人と居たいし寂しい。 見た目には身体障害ではないので。 出来ない自分をどうしても何年経っても。 認めてあげられない。 世の中にはもっと困っている人や出来ない人が。 居るのに…なんて言葉はわかっている。
今では身体の病名がついて主治医は2人居る。 だけど安楽死したいなんてとても言えない。 鬱がひどくなっているとも思われたくもない。 そう言うのはもう要らない。 毎日毎日演じて生きなければいけないのが辛い。 何を甘えたことを言っていると言われるのは。 百も承知なのだけど。 本気でこの事を思ってしまう…
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