ムッキーの初老日記
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| 2002年11月11日(月) |
11月11日はムッキーの日 |
今日は私の誕生日だ。
「ポッキーの日」よりも何十年も前から
11月11日は「ムッキーの日」なのであった。
毎年、誕生日が来るのが恐怖な世代だが
まあ来てしまえば、別段なんてこともない。
今日一日いい日でありますように。
そしていい一年でありますように。
楳図かずおの 「おろち」 というマンガの中に
「18歳になると醜く変わってしまう呪われた血脈の美人姉妹」
という話がある。
彼女達の曾祖母も祖母も母も、代々その家の女達は
皆18歳までは、人も羨む美貌の持ち主なのに
18歳を迎えると、全身が醜く崩れ、化け物のように変わってしまう。
姉は17歳、妹は16歳。
姉は、あと数日で18歳の誕生日を迎えようとしている・・・。
そんな状況下の女達の絶望、恐れ、嫉妬、狂気などを描いた傑作だ。
今よーく考えると、ちょっと設定に無理があるんだが
これを初めて読んだ小学生の頃、どんなお化けが出てくるマンガよりも
人間の「心の闇」という得体の知れないドロドロしたものに
背筋の凍るような恐ろしさを感じたものだ。
なんでこんな話をしているかというと
私は今、まさにこのマンガのような気分だからだ。
いやいや、もともと美貌なんてものは持っていないので
「美貌が奪われ化け物になる」のがどうこうと言うのではない。
「その時」が、もうそこまで来ている。
という絶望感、脱力感に包まれている
今日のムッキーなのであった・・・。
もう15、6年前の話だが、友人の付き合いで ハウンドドッグのコンサートに行った事がある。
ハウンドドッグの代表曲のひとつ「浮気なパレットキャット」は 私の大好きなNOBODY(六本木心中が有名)の作なので まあ一回くらい観てもいいか、と思って行ってみたら・・・・・
いや、曲がどうの演奏がどうのじゃない。 ナマ大友康平は思った通りテンションの高い、熱い男だった。 観客も、その半数以上は男性で 「康平アニキ」に心酔してる熱い野郎どもの熱気にやられそうだった。
隣で友人は叫びまくってるし だんだん自分もハマって来たように思えた、まさにその時!
みんな!楽しんでくれてるかいいいいい!
モノマネでも有名なあの語尾で、大友が叫ぶ!
うおおーー!
観客は応える!
サンキュウウウウウ!
大友が吠える!
うおおおおーーーー!
観客は応える!
サーンキュウウウウウウウ!
大友がシャウトする!
うおおおおおおおー!アニキー
観客が酔う! 会場の興奮は最高潮に達しようとしていた。
だが次の瞬間、会場に異変が起こった。
大友は叫んだ!
ヨンキュウウウウウー!
(゜ロ゜)!(゜ロ゜)!(゜ロ゜)!(゜ロ゜)
・・・・・・・・・
帰り道。 友達は、この「ヨンキュー事件」に関して一言も触れず 私もあえて何も聞かなかった。
私がハウンドドッグのコンサートに行ったのは これが最初で最後となった。
15年の沈黙を破って今、あなたに問いたい。
あの場面でダジャレはいかがなものか!?大友康平。
| 2002年11月08日(金) |
嗚呼、懐かしの金八先生パート1 |
昨日、家に帰って何気にTVをつけたら、いきなり ドドーーン と
ヤング鉄矢が目に飛び込んで来た。
「ええ!なになに!何なのこれ!」と思ってよく見たら なんと「3年B組 金八先生」パート1の再放送だった。
私は、今朝は何かと忙しくて新聞を見なかった事を悔いた。 せめてTV欄だけでも見ておけば!ビデオ予約が出来たのに! 悔しか・・・くやしか・・・!
しかし何年ぶりだろうパート1。 私はこの頃、リアルタイムに中3だった。
小6の頃から好きだった鉄矢が、初めて連ドラの主演をする。 しかも当時大人気だった「太陽に吠えろ!」の真裏だと知り 私は鉄矢が心配でドキドキしたものだった。
「役作りの参考にしたいので、もしいらない古い教科書があったら送って下さい。」
という、鉄矢のラジオからの呼びかけを聴き すぐに中2の時使っていた教科書を 「ラジオ局気付武田鉄矢様」宛てに送ったものだ。
あの教科書は、鉄矢の役に立っただろうか。
よく見たら、若い若いトシちゃんやマッチや 三原じゅん子や小林聡美がいる! 当たり前だが、みんな若い・・・。
当時彼らと同じ年だった私は、今はこの時の金八先生より年をとっているのか。 そう考えると、感慨深いものがある。
そんなことを考えながら「鉄矢若くてかっこいい・・・。」とTVに見入っていたら 友人からメールが届いた。
この頃の鉄ちゃんて、ダダみたいだね(^∀^)
ムカッ!とした所にもう一通、追い討ちをかけるように
ナイナイの岡村君に似てるね(・∀・)
お前ら・・・絶交!!(-へー”)凸
| 2002年11月05日(火) |
化粧品にだまされるな�� |
それでもまだ私は化粧品に幻想を抱いていた。 化粧水や乳液や美容液などは、ある程度の年になったら 「つけなければいけないもの」だと「洗脳」されていたのだ。 もし使わなかったら、ガサガサになり大変な事になる、と。
だがそうじゃなかったのだ。 「使うから、ガサガサになる」と言う方が正しかったのだ。
数年前、まだ化粧品依存症だった私の肌が最悪の常態になったことがあった。 この話は2002年1月23日の日記に詳しい。 この時から、私の化粧品洗脳はスッパリと解けたと思う。
現在、私のすることと言えば
◇せっけん(純石けん分98%以上)で、丁寧に洗い清潔にするだけ。
◇かさつく時は、自作のローションをたっぷり顔に吹き付ける。
◇もっとかさつく時(真冬など)は、その上にごく薄くオリーブ油か椿油を塗る。
これだけで何の不都合もない。 汚れを落とし、肌表面に水分を与え、保護する。 それだけで充分なんじゃないかと思う。
色んな物を肌に塗って「肌がよくなった」と思う事がもう間違いだ。 それは肌がよくなったんじゃなく、化粧品に入っている油分や 界面活性剤などの作用でしかない。一瞬のまやかしだ。
風呂に入って全部落としてしまった後には がさがさの肌が残るだけでは・・・?
今回どうして何日にもまたがってこの話題書こうと思ったかと言うと 私が風呂上りや、朝、顔を洗った後に何もしないと知った知人が
「いいわねえ、安上がりで。肌が丈夫なのねえ。 私なんてそんなことしたら大変よ!敏感肌でデリケートだから。」
と言ったからだ。
まあ私も洗脳されてた数年前だったら、そう思ったかもしれないので あまり強くも反論できないが。
知人よ。
50になった時、どっちの肌が若いか勝負しようじゃないか。 楽しみにしているよ。
ムッキー

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