a Day in Our Life
「また、カルボナーラ?」
キッチンの奥に見え隠れする村上に向かって、横山は声をかけた。すると忙しなくフライパンを操りながら気持ち振り返った村上は、半笑いの笑みを浮かべる。 「この前、不味いカルボナーラ食わしてもーたやろ?リベンジやないけど、もう一回ちゃんと美味いやつ食わしたろ思って」 「…」 村上の言葉に、今度は横山が黙り込んでしまう。その空白にまた少し苦笑いをした村上は、ごめんなぁ、と言った。 「ヨコは何も言わんかったけど。俺に気ィ遣って言えへんかったんやろ?」 「別に…」 そういう訳じゃない、と取り繕うのは止めた。今更、村上にはお見通しのようだったから。横山のごくごく僅かな反応を見て答えを読んだ村上は、B型メインの性格に内在するA型の繊細さで、横山に気を遣わせてしまった事を申し訳なく思ったらしい。そして生粋のA型である横山は、村上以上に繊細に、そんな村上の内心を省みた。 あの後、自分以外のメンバーにも食べさせる機会が続いたというから、その時点で横山の反応も自ずと知れてくるのだ。よかれと思ってそうしただとか、深く考えた訳ではなかったけれど、かえって村上は気にしたかもしれない、と今更横山は思った。 どうもおかしな話なのだけれど、自分達はかえって互いに気を遣いすぎる事があるように思う。それは思い遣りと言うほど分かりやすいものでもなければ、初々しいものでもなかったけれど。少なくとも横山にとって、相手を思ってそうした事がかえって裏目に出る確率は、村上が一番多い気がした。 「お待たせ」 ぼんやりと考え込んでいるうちに、村上の声が落ちてきた。目の前の村上の、手にした盆の上に皿は二つ。自分も食べるつもりらしい。それは今度は大丈夫、という自信の表れのようにも見えた。 「今度こそ大丈夫やから。騙されたと思って食うてみて」 至近距離で鼻腔をくすぐるのはチーズのいい香りで、ふぅん、と小さく息を吐いた横山は、脇に置かれたフォークを手に取る。一口分を絡めて、すぐにパスタを口に運んだ。 「…」 もぐ、と口を動かした横山の動きが一瞬止まったので、村上はどきりと胸を高鳴らせたのだけれど、それ以上の反応を寄越さないまま横山は、やはり黙々と口を動かす。 淀みない動きで一口、また一口。強いて言うなら、気持ち前よりその動きが早いと感じるくらいだっただろうか。目が合った村上は随分と不安げな顔をしていた筈だった。その証拠に、「どう?」と口を挟む事も出来ない。 横山は、普段から食べるのが早いほうだった。あっと言う間に皿のパスタが横山の腹に消え、静かにフォークを置く。出されたお茶を飲み干して、やっとひと息。 そして、 「うまかった」 ぼそり、と一言だけ。 横山は、それ以上の具体的な感想を言おうとはしなかったけれど。ただそれだけ、飾らない一言を聞いた村上は、内心で「うわぁ」と思う。 「…やばい。めっちゃ嬉しい」 内心で呟いたつもりが声に出てしまったらしい。ストレートな反応に、横山がちょっと笑った。 「ホンマに?ホンマにそう思う?」 「俺は嘘は吐かん」 「今までに随分吐かれた気ィするんやけど」 こんな時でも条件反射で出たツッコミに、また横山が笑う。 「まぁ、今のはホンマや。信じとけ」 「そっか」 それでやっと、ほっ、と胸を撫で下ろした村上が、思い出したように自分の分を一口食べた。 「どぅや?」 「美味い」 「せやろ」 自信満々な横山の言葉に素直に頷いて。まるで立場の逆になった自分達には気付くのが遅れた。まともに美味しいパスタの味に満足をして、教えてくれた錦戸に感謝をして。それから、 「次はヤスに食わしたらな」 「ヤス?」 「そう。不味いのに全部食おうとするから、次また美味いの食わしたる!ってやっと納得させてん」 「ヤスらしいわ。案外頑固よな、アイツ」 「そうやねん。泣きながら食うか?普通」 「はは、」 楽しそうに笑った横山は、ふ、と表情を止める。ちらりと視線を上げて、机を挟んだ村上と目を合わせた。 「そのうちアイツにも食わしたり」 言った横山の言葉を聞いて、村上も微笑む。都合6人のメンバーの感想を聞いて、あともう一人。 「そやな。あの子もパスタは好きやったから、きっと喜ぶわ」
それまでにまた、残りのメンバーにもう一回ずつ試食をさせて、とびきり美味しいカルボナーラを食べさせてやろう、と村上は思った。
「ほな、まずは今まで通りに作ってみて下さい」
キッチンに立ち、仁王立ちでそう言った錦戸に、村上は「え?」と問い返した。 「作るん?」 「当たり前でしょ。まずは食うてみな、どこが不味いんか分からへんやん」 食べる前から不味いと決め付ける錦戸の言葉に、不満を言う余裕はなかった。そもそも自分から頼んだのだし、今更不味いのは分かっている。それをどう美味しく作り直せるか、錦戸にかかっているのだ。下手な事を言って機嫌を損ねる訳にはいかない。 「わかった。ほな、見てて」 多めに用意してある材料を使い、手早くカルボナーラを作る。その様子をじっと見ていた錦戸は、出来上がったカルボナーラを一口食べ、「なるほど」と呟いた。 「まず、村上くん、オリーブオイルをケチってるでしょ。ちゃんと入れんと美味しくならないんですよ。あと、麺を入れる時のフライパンの温度が高すぎ。で、しかもそのまんま卵黄とチーズを和えたでしょ?ようある失敗例やけど、それじゃいり卵パスタになってまう。いったん火口から離すか、ボウルに移してから混ぜんと」 「…もう一回、いっこいっこ言うてくれるか」 一気に説明をされてまるきり真顔になった村上に、錦戸はクスリと笑う。メモを取り出して錦戸の言葉に耳を傾ける村上は彼らしい一生懸命さで、その姿が何となく、年齢を忘れさせるような。 「大体理解出来ました?ほな、早速やってみましょうか」 「ん、うん」 一連のアドバイスをメモに取りきった村上は、書き散らした文字を再度眺めて、よし、と呟く。別に失敗したからって死ぬ訳でもなし、この必死感は何だろう、と錦戸は思った。 「じゃぁ、まずはベーコンを炒めるところから。オリーブオイルは80ccね」 「80?」 「やって、2人分でしょ。俺も食うから」 にこり、と笑えば毒気を抜かれた村上が、几帳面に80ccを量ってフライパンに入れた。自分がついているのだし、もう失敗はない筈だから、それは錦戸の自信の現れであり、村上に対する気遣いでもあった。 「で、炒めてる間にパスタを茹でる。だいたい7分くらい。塩はちょっとでええよ」 言いながら、フライパンにかかりきりの村上の為に、自身でパスタを鍋に入れる。そうしながら凝り性の錦戸らしく、拘ってわざわざ用意したレッジャーノチーズを削る。その頃にはペーコンを炒め終え、茹で汁を加え終わった村上が、代わりを買って出たので、任せる事にした。彼の仕事を横取りしているようでは元も子もない。 「パスタそろそろええかな?」 「そやね、ほなフライパンでさっと炒めて、味見してみて。それから、今回はレシピ通りにボウルに移そか?前もって湯煎しておくねんで」 台所に男二人が立ち並んで。フライパンと鍋を前に、だんだんとカルボナーラの形になっていく。指示どおりにてきぱきと動く村上を眺めながら、錦戸は、不思議な気持ちになった。 恋人の条件として、料理上手である事を望む錦戸は、けれど必ずしも「上手」である必要はないと思う。要はやる気の問題で、努力さえしてくれれば自分も手伝うし、だからこんな風に協力しあって食事の用意をする、それこそが理想の恋人像なのだった。今、その相手が村上である事に軽い…いや重い眩暈を感じてみても、まんざらではない自覚をしている。 何やろ、この幸せ空気。 そう感じている自分に驚く。思いのほかこの時間を楽しんでいる事。真剣にパスタと向き合う村上を、素敵だと思う事。そう考える理由に、ふと思い当たる。 「亮。出来たで!」 思わず、物思いに耽っていたらしい。村上の弾んだ声に我に帰って顔を上げると、目の前にはほかほかと湯気をたてるカルボナーラ。見た目もばっちり、期待を抱かせるビジュアルにわくわく顔の村上が、「味見してみて」と一口分フォークに絡めたパスタを差し出してくる。躊躇う事無く錦戸は、その一口を口に入れた。そして飲み込んだそれは、嘘偽りなく、 「…すごい。完璧や」 指示通りとは言え予想以上の出来栄えに、素直な感想を述べれば、瞬間に破顔した村上が、 「ホンマに?!めっちゃ嬉しい!」 無邪気に喜ぶ姿に、その表情に、何となく胸が詰まる。例えばそれが、目的を度外視したものだったとしても。
ただ喜びに溢れて、ただ幸福で。目の前で笑う村上が、全てだと思った。
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