a Day in Our Life


2006年08月29日(火) 暁月。(コウムラ×トクマ)

 風呂から上がった頃には、二人共すっかり疲れ果ててしまっていた。

 多少の無理をしてしまった気もするから、特にトクマはぐったりとしていて、やり残した片付けや、その他もろもろをする気にもなれず、リビングのソファに横になってしまう。革張りの大きなソファは夏でもベタつかず、肌に触れる部分が気持ちがよくて、じっと目を瞑ると、そのまま眠りに落ちてしまいそうだった。
 喉に渇きを覚えて、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出したコウムラは、そんなトクマの様子を何となく、遠目から眺めてしまう。
 航海から帰ったばかりで疲れているのは同じだろうトクマが、それでもこの家の主であるコウムラを気遣うばかりだったから、何となく収まりが悪くて一緒に入ろう、と言ってはみたものの、広い湯船に二人並んで浸かるだけでは終わる事がなく、結局、何となくそんな感じになって、何となく長風呂になってしまった。
 それ自体は初めての行為でもなかったのに、コウムラの腕の中で身じろぎをしたトクマは、「だって、あの時は俺、本当に意識が混乱していたから」と照れくさそうに笑って、だからこれが初めてのようなものなのだと、処女のように頬を染めた。トクマのそんな初心な反応が愛おしく思えたから、コウムラ自身も逸る気持ちでトクマを抱きながら、妙に冷静な頭の片隅で、あの時は草むらで、今度は風呂って、まともにしてへんなぁ、と苦笑した。
 薄々コウムラにも分かっている、たぶんコウムラにもそれほど、余裕がないという事なのだろう。
 そんな気持ちは初めてかも知れなかった。目の前にいるトクマを大切に思う、大切にしてやりたいと思う、それを端的に愛情と呼んでいいのかどうかは、まだ迷う事もあるけれど。それでも航海に出る前より帰って来た今、コウムラの中で確実に何かが変わっていた。
 だから今、ソファに横たわって、そのまま眠りに落ちてしまいそうなトクマにゆっくりと近付いて。うとうとしながらも、遠い意識で現実を忘れていないらしい、「片付けは明日やりますから…」と、寝言混じりに呟いて、一度は畳んだタオルケットを引き寄せて、寝る体勢に入ろうとしたトクマの肩を揺する。
 「トクマ。そこで寝んな」
 やや力強く揺さぶられて、のろのろとトクマが目を開く。心地よい疲れに導かれて、眠たげなトクマの目がとろんとコウムラを捉えた。
 「…?」
 まだ何かあるのかと半分眠った脳で考えようとするトクマが、正解に辿り着くだろうとも思えない。たぶんコウムラは自分でも思う以上に優しい顔をして、トクマに微笑みかける。
 「今日からリビングで寝るんは禁止や」
 じゃぁ、どこで寝ればいいのかとトクマが考える前に、強い力でコウムラに引っ張られた。ソファから引き摺られて、ぐらりとコウムラに体ごと倒れこんだトクマを荷物のように抱えあげたコウムラは、思いのほか重い事に顔を顰めてみたものの、何とか落とさずに歩き出す。その、コウムラの歩く速度や僅かな揺れが気持ちよくて、もうトクマは、考える事を放棄した。
 リビングから廊下に出て、そう遠くはない二つ目の扉を開ける。そこはコウムラの私室で、この家の掃除を一手に引き受けるトクマも、その部屋にだけは入った事がなかった。だから、部屋に足を踏み入れた途端にそこに充満する「コウムラ」の匂いを嗅いで、その鼻腔をくすぐる初めての匂いに、頭ではなく体で、トクマは気がついた。
 「…コウムラさん…」
 けれど、反応するだけの気力が残っていないトクマがぼんやりと呟くのに、また薄っすら笑ったコウムラはもう、何も言わずにベッドサイドまでやって来ると、静かにトクマを横たえた。そこにあるキングサイズのダブルベッドはコウムラ一人が眠るには広々としていたから、トクマが増えても全く問題はなかったのだけれど、その場所まで深く入り込んだという変化を、トクマが改めて認識するのは明日以降になりそうだった。
 今はただ、柔らかいマットレスや滑らかなシーツが心地よくて、幸せに眠りに着く。
 一度リビングに戻ったコウムラが全ての電気を消した後、部屋に戻って同じベッドに潜り込み、くるくると跳ねるウェーブに指を滑らす頃には、トクマは深い眠りに落ちてしまっていた。



*****
ぎょう‐げつ【暁月】明け方の月。

2006年08月27日(日) 朧月。(コウムラ×トクマ)


 航海に連れ出したのは失敗だったのかもしれない、とコウムラは思った。

 荒療治と分かってやった事だった。トクマの内なる人格は、初めてその存在を知った頃に比べて、どんどんと凶暴になっていった気がしたから。手遅れになる前に、と行動を起こした。どう接してやればいいのかなんて分からなかったから、連れ出して、突き放して、後はトクマ本人の気持ち次第だと。
 それは、ある意味コウムラの逃げだったかも知れない。直接接するのが怖いから、そうやって突き放した振りをして。その実つかず離れず、側に置いた。コウムラ自身もどうしたいのか、正直分かっていなかったのかも知れない。
 今、目の前のトクマはぐらぐらと揺れる目を彷徨わせて、ただ空を見る。そこに何があるのか、或いは何もないのかも知れない。薄っすらと笑みを浮かべたその顔は、何に対して微笑んでいるのか。幸せなのか、不幸せなのか、笑う事に意味はあるのか、それとも何もないのか。笑うトクマの顔にはけれど、何の表情も読めなくて、まるで壊れたオモチャを思い出させた。
 幼い頃、よく遊んだオモチャ。コウムラはそれをとても気に入っていたのだけれど、ある日突然に壊れて動かなくなってしまった。いつものように動かないそれを、コウムラはとても残念に思ったけれど、壊れてしまったのなら仕方がないのだと、諦めて、忘れてしまった。
 壊れたトクマも今、いつものようには動かない。座り込んで、ぼんやりと虚空を見上げる。その視界の中に入ってみても、とろりと虚ろな目は、コウムラを映さない。
 「トクマ」
 ぽつんと一回。呼びかけに、のろのろと反応を示したトクマがぎこちない動作で口を開ける。けれど出て来た言葉は不明瞭で、まるで意味を成さなかった。その、聞き慣れた声も。知っているようでまるで知らない。トクマでもない、もう一人でもない。ならば今、ここにいるトクマは一体何者なのだろうか。
 「トクマ、」
 覗き込むように顔を近づけてみる。至近距離で見たトクマが、僅かに微笑んだ気がした。
 「……クマ、」
 腕を伸ばしてその体ごと抱き留める。鼻先を掠めた緩いパーマの毛先と仄かなシャンプーの香りが、そこだけ妙にリアルなトクマを思い出させて、コウムラの胸を締め付ける。この、腕の中にある体は確かにトクマには違いないのに、この空虚な感じは何なのだろう。
 「―――――してくれ」
 搾り出すような声が出た。トクマの首筋に吸い込まれた声は、祈りにも似て、コウムラの内心を暴く。
 泣いてトクマが戻って来る筈もないのに。
 こんな事になるくらいなら、あの時一緒に泣いてやればよかったのだ。今更後悔をしても遅い。だからきっとこの涙は、その時流す筈だったものよりもっと切実で、もっと悲しい、絶望の。
 「トクマを、返してくれ…」

 その願いに、答えるものは何ひとつなかったけれど。



*****
おぼろ‐づき【朧月】水蒸気に包まれて、柔らかくかすんで見える春の夜の月。

2006年08月23日(水) HATSUKOI。(亮+昴)


 「無理やわ」と、至極あっさりその人は言った。

 「そうやなぁ、亮が大倉くらい背が高ぉて、すばるくらい男らしぃて歌がうまぁて、マルくらい使い勝手がよぉて、ヤスくらい細々優しぃて、それから、ヨコくらいこの世のものとも思えんくらい顔がきれーで色が白なったら、付き合うたるんやけど。すまんなぁ」
 悪びれずにそう言ってのけた村上は、悪魔のような鮮やかな笑い顔を浮かべて、それはもぅ八重歯まで見せた完璧な笑顔で、ダメ押しにぽんぽん、と二度錦戸の肩を叩いてから、爽やかに部屋を出て行った。
 その場に一人残された錦戸は、なにやら酷い振られ方をした事は分かるのに、まるきり頭が動かなくて、暫くの間立ち尽くす。
 「…」
 やがて、ふらりと肩を揺らした錦戸は、おぼつかない足取りで、無意識の動作でテーブルの上の鞄を手に取り、ぐらぐらとふらつきながら今、村上が出て行くのに開け放したままのドアから外に出た。



*



 ガチャ、とノブを回して自分の家の自分の部屋に辿り着いた途端、錦戸は、今まで溜めていたものが一気に溢れ出した。
 「…っ、」
 こんなに悲しくて、こんなに寂しい気持ちを誰かに聞いて欲しい。そう思う側からもう、目からは大粒の涙が溢れて、錦戸の視界を濡らした。このままでは自分があまりに辛すぎる。そう思った錦戸は、慌ててポケットの中の携帯を探す。誰かこんなにも悲しい自分の気持ちを、力強く受け止めてくれる人。
 『―――もしもし』
 「…っく」
 珍しい着信者に首を傾げながら電話を耳にすると、受話器の向こうからしゃくりあげる声が聞こえてきたので、渋谷は二度ビックリした。
 「…亮?何泣いてんねん」
 その頃同じように自室で寛いでいた渋谷は、降って沸いた予想外の事態に慌ててベッドから身を起こす。横目になって受話器に耳を澄ませてみても、すすり泣く錦戸の涙声ばかりで、しかもそれが、泣いているうちにどんどんテンションが上がって来たのか、徐々にボルテージが上がり、遂にはわんわんと声をあげて泣き出してしまった。
 錦戸にしてみれば、受話器の向こうから落ち着いた渋谷の声を耳にした瞬間に、安堵してまた、涙腺が緩んでしまった。舞台上のテンション高い叫び声とは違って、普段の渋谷はとても静かな話し方をする。その、低いトーンの声を聞いた途端に、訳も分からずとても切ないと思ってしまった。
 「えー…っと、亮。大丈夫や、落ち着け」
 優しい渋谷のその声に、余計に悲しくなる。
 「村上くんに…振られました」
 しゃくり上げる合い間に消え入るような声でそう告げてまた、うわぁーん!わああん!と、今どき丸山くらいしかそんな泣き方はしない(それもまぁ、演技上の話だが)ベタな泣き声をあげ続ける錦戸に、渋谷は心底困り果てた。大体何でこんな時に俺んとこに電話してくんねん。俺ら普段そない仲よぅもないやろ。むしろ気まずいコンビや言われて照れ合うくらいやのに、どないしたらエエねん。
 「ちょ、待て…亮。一旦切ってエエか」
 渋谷もそれなり動揺していたらしい。言うが早いか錦戸の返事も待たずに終話ボタンをぶち、と押してしまう。途端に静かになった電話にほっと息を吐き出す。どないしょ、とりあえずヒナに相談…
 「…出来へんやんけ!」
 村上に振られたらしい錦戸が号泣して電話を掛けてきているのに、それをどうすればいいのかなんて、村上に聞ける訳がない。村上に相談、という選択肢を塞がれて、渋谷は大いに困った。横山に相談するのも微妙だし、それ自体が気まずい気がする。大倉は今頃もう寝ているに違いないし、丸山に的確なアドバイスを期待出来るのか、安田はもっと期待出来なかった。
 「しゃーないなぁ…」
 ぐるぐると部屋を歩き回った渋谷は、立ち止まってため息をひとつ。そして決心したように手の中の携帯電話を持ち直す。そして着信履歴を表示→発信。
 「…すばるくん…」
 ぐずぐずと鼻をすする錦戸は、しかし少しは落ち着いたらしい。ちーん!と鼻をかむ音が聞こえたので、少なくとも鼻水を拭くという思考回路は蘇ったらしい。
 「亮、聞いたるから、ちゃんと話してみ」
 出来るだけ優しい声色を意識して。自身はベッドの上にあぐらをかいた。他ならぬ村上が絡んでいるという話を、聞く責任があった。
 「俺…村上くんのことずっと好きで…。一大決心して付き合うて下さい、て告白したんです。そしたら、」
 「そしたら?」
 「大倉みたいにカレーをオカズに出来て、すばるくんみたいに下ネタにキレがあって、マルみたいにホモくさくて、ヤスみたいにイタくて、横山くんみたいに腹がぶよぶよしてへんかったら付き合われへん、言うてばっさり振られたんですよぉお〜」
 言いながらまた思い出して悲しくなったらしい、錦戸の声がまた少し涙声になるのを聞きながら、渋谷はたぶん、村上はそんな事は言ってないのだろうが、とにかく錦戸をこっぴどく振ったらしいという事は理解した。
 「ほーか…そら酷い話やな」
 若干苦笑いを浮かべながら、それでも渋谷は真面目に慰めにかかる。その優しい声が身に染みるらしい、錦戸はぐずる子どものようになる。
 「俺…ずっと前から村上くんが好きで…村上くんが裸にオーバーオールを着てた頃からずっとずっと好きで…村上くんが歯磨きしてへんかった頃から村上くんにちゅーしたいって思ってて…村上くんがどんどんキャラ変わって脇とかワッサーすね毛モッサーなってても全然かわえぇ思ったし…むしろ脱がしてガン見たい思って…やからゴツい村上くんを押し倒せるように…俺も体鍛えて…背も抜かして…好きで…好きで…めっちゃ好きで…ずっと片思いやった、やのに…」
 ぐず、と言葉を切った錦戸が鼻をすするのを受話器越しに聞いて、渋谷は何と言ったらいいのか言葉に詰まる。錦戸の恋心を知らない訳ではなかった。昔は気付かなかったけれど、錦戸なりの紆余曲折、葛藤を超えたらしい今は割と分かり易く好きオーラが出ていたから。嫌でも気付くというものだろう。
 けれど、それ以上に渋谷は知っていた。恋愛に関しては軽薄で貞操観念が低そうに見える村上が、彼らしくない固い決心として、ただ一人を決めてしまっている事を。
 とは言えその「ただ一人」の彼ですらがたまに疑いがちな村上の決心は、見え隠れする事もあるにはあったのだけれど。それでも村上は村上なりの真剣さで横山を想っていたし、それは彼(ら)の一番近しい位置にいる渋谷は、誰よりもよく知っていたのだ。
 「俺…横山くん程やないかも知れんけど、結構男前やし…最近はグッズ人気もたっちょんと並んでスゴいし…ファンの子なんか俺の投げキッスひとつでキャーキャー言うてるのに…何で村上くんには分かって貰われへんのやろう…」
 それが唯一の心残りだとでも言うように、錦戸は、深い深い落胆の息を吐く。
 それも渋谷は、何と言ってやればいいのか分からない気持ちで、考える。錦戸の問題ではないのだ。要は村上にとって、「横山より男前か、そうではないか」が全てなのであって、それだって単純に村上の好みの問題に過ぎない。横山の顔が、素晴らしく村上の好みであるというだけの事で、だから、はじめから敵う相手ではないのだ。
 だから今、渋谷は、錦戸にかける言葉が見つからない。
 何故、村上なのだろうという疑問は、この際胸に仕舞っておく。関ジャニ∞きってのブサイクで、オッサンで、デリカシーの欠片もない。それでも、好きなのだ。それら一切合切が見えているようで目に入らないくらいに、錦戸は。
 「…切ないなぁ、亮…」
 ぽつん、と呟いた。それは本音だった。想う相手に拒まれるのは辛い。渋谷も知ってる。張り裂けんばかりに悲しいその気持ちを、救い上げてはやれないけれど。
 「……亮?」
 いつの間にか、錦戸の声が聞こえなくなっていた。そっと耳を澄ませばかすかに聞こえる規則正しい寝息。泣き疲れてそのまま、眠ってしまったらしい。通話状態になったままの電話を、どうしたものかな、と考えた渋谷は、しばらく待っても起きそうもない錦戸に、一方的に電話を切る事にする。定期的に上下して聞こえる寝息に耳を澄ませながら、ふぅ、と肩を軽く回して。小さく呟いた。
 「ヒナの夢が見れたらえぇなぁ、亮ちゃん」

 おやすみ、と言って電話を切ると、涙の跡を残して眠る小さな「亮ちゃん」の姿はもう、見えなくなった。



*****
ルピシアの新作紅茶が「ハツコイ」という名前で、更にその香りが夏らしくとても爽やかに酸っぱかったので、思わず書いてみた小話(笑)

2006年08月21日(月) 宵月。(コウムラ×トクマ)


 ♪アルファルトは大地そしてこの僕達の滑走路♪

 「…とはよぅ歌ったもんやけど、まさかホンマに帰って来れるとは思わんかった」
 と、ドアを前にしたコウムラは言った。船が難破して見知らぬ島に漂流した時に、本当に覚悟をしたのだ。もう日本に戻る事はないかも知れない、と。
 諦める事はしなかったけれど、それでも何度かメゲた。悟られないように、出来るだけ去勢を張りながら、内心で自らを責めた。自堕落に生きている奴らが嫌いで、性根を叩き直そうと海に駆り出して。けれど改めて、海の怖さを思い知らされたような気がしたのだ。コウムラの誘いで付いて来たシュンジ、ケン、リンタロウ、ソウスケ、コレキヨ、そしてトクマ。誰か一人でも失えば、それは自分のせいに違いない。だから、日に日に逞しくなる彼等が、自らの意思で帰りたい、帰ろうとする姿が嬉しかったのだ。いつしか「仲間」と呼べるほどになっていた彼等全員との無事の帰還を、本当に幸運に思う。
 鍵を開けて、内に入ると長い間留守をしていたせいで、換気の悪い室内はすえたような匂いを孕んで。ソファには脱ぎ散らかしたTシャツ、テーブルの上の皿やコップは、乾いてカピカピになっていた。
 「…あぁそうや俺、あの日寝坊してバタバタ出て行ってもぅたから」
 コウムラの視線の先を読んだのか、当たり前のように背中からひょい、と顔を出したトクマが言い訳をするように言った。無事港に着いて、それぞれがそれぞれの家の方向へ、手を振りながら歩いて帰るのに、トクマだけがコウムラの背中を追った。たまたま方向が一緒という訳ではない、ここを出発した時も、そうやって、道順を共にして家を出て来たのだ。
 「おまえはいつもそうやろ。大事な日ほど寝坊する」
 「そんなん言うて、前日は夜遅ぉまで仕事やったんですよ。お客さんが泥酔してもぅて、タクシー呼んだり、大変やったんですから」
 言いながらさっさと皿を重ねてキッチンに運ぶトクマはすっかりリラックスムードで。ジャー、と水の音が聞こえたのはとりあえず、汚れの張り付いた食器を水に浸しているのだろう。すぐに出て来たトクマはその足でソファに近付き、散乱した衣類を片付け始める。そうしながらふと、気付いたように顔を上げた。
 「…あ、そや風呂張らな。疲れて帰って来たんやから、まずは風呂ですよね」
 バタバタとドアの向こうに姿を消すのをぼんやりと見送ったコウムラは、ふと、立ち尽くしている自分に気がついた。
 今、地に足をつけて立っているのがまだ少し不思議で。昨日まで長い航海をしていた。あの時、流れ着いた島は地図にも載っていない小さな島で。そこから日本まで、長い時間をかけて戻って来た。それでなくとも島での滞在中も、様々あって。
 ドアの向こうから水音が聞こえてきた。トクマが風呂を沸かしているらしい。バタバタと忙しない足音がして、恐らく放置したままだった洗濯物にも気付いて、顔を顰めているに違いない。
 トクマは。今、落ち着いているように思える。
 この家を出る時に既にその体内に巣食っていたもう一つの人格と、向かい合うという作業は想像以上に、辛いものだったに違いない。一度は死を望んだトクマを、叱って諭してまた、ここに連れ戻してしまった。それが正解だったのかどうか、コウムラには分からない。もしかしたら自分のエゴなのかも知れないとも思う。俺の為に生きてくれだなんて、随分と傲慢な言い分だと思った。
 けれど、他にどう言えただろう。自らに絶望をしたトクマに、コウムラは、ただ生きて欲しかった。側にいて欲しかったのだ。
 バタバタ、と騒がしい足音がして、トクマが戻って来た。
 「コウムラさん、もぅ少しで風呂沸きますから。先入って下さい」
 船上ではゆっくり風呂に浸かる事も出来へんかったんやし、何はなくとも風呂っしょ?と笑いかけてくる今のトクマは今までのトクマと何も違いはなくて。錯覚をしそうになる。自分達は何も変わってはいなくて。…これからも。
 けれど、変わったものは確かにある。コウムラは知ってる。
 「おまえも来いや」
 「え?」
 「疲れとるんはおまえも同じやろ。面倒やから、一緒に入ろう、言うとんねん」
 コウムラの言葉を一瞬、ぼんやりと反芻したらしいトクマは意味を理解して大きな瞬きを二回。それからはい、と相好を崩して笑った。その顔が、コウムラの欲目でなければひどく幸福そうに見えたから。

 もっと、優しくなれそうな気がした。



*****
よい‐づき【宵月】宵の間だけ出ている月。夕月。

2006年08月18日(金) another's KOMURA×TOKUMA


 鬱蒼とした深い森の奥、木々の向こうにトクマの緩やかなウェーブが見えた。

 初め、気絶しているのかと思った。
 切り株に半分体を預けたトクマは、ただ放心をしているだけで。うつろな目をとろりと空に向けた、今、どちらのトクマが表に出て来ているのか、魂の抜けたその表情では判断が出来なかった。ざく、と草を踏みしめるコウムラの足音が聞こえているのかいないのか、耳の穴を通り抜けるだけで、聞いてなどいないのかも知れない。投げ出された両足の際まで近づいても、トクマが顔を上げる事はなかった。
 「おい」
 呼びかけにも答えない。半開きに開いた口は何かを言いたくて、しかし言うべき言葉が出てこないのか。
 もう一度、先ほどより少し大きめの声で呼んでみる。
 「おい、」
 やはり反応は返らない。コウムラはその場に跪いて、トクマの両目を覗き込むように近づいてみたけれど、至近距離で見たその瞳と、視線が噛み合う事はなかった。
 「トクマ」
 言いながら、肩に触れるとびくり、と体が反応をした。血が流れるようにゆっくりと視線を転がしたトクマが、初めてコウムラを見た。
 「コウムラ…さ、」
 茫とした声で、視覚から入ってくる目の前のコウムラを認識した途端、先ほどの壮絶な闘いをまざまざと思い覚ましたらしい。静から動へ、スイッチが切り替わるように突如身を起こしたトクマは、自身を抱きしめるように両腕を震わせる。
 「俺、いきて、る…」
 まるでその事に絶望して、呆然と目を見開く。全身を包む震えは、生への拒否反応だったかも知れない。
 「まだ、俺の中にアイツがいる…アイツを殺したい、オフクロとアネキの代わりに俺が死ねばよかった、死ぬのは俺、死にたい、死にたい。……死なせて下さい」
 ぶつぶつと呟きながら、震える腕を持ち上げる。耳を塞いで、聞きたくないのはこの世の全ての生命音か。目を閉じて、見たくないのは生命力に溢れる木々や海水。やがて落ちてきた両の手がトクマの柔らかい首筋に届いて、指を絡ませた所でやっと、コウムラはその手を掴んだ。
 「やめろ、トクマ」
 「止めるな、俺は死ぬ。」
 「死なせへんわ」
 「嫌や、死にたいねん…」
 「トクマ、」
 「離せ!」
 「…トクマ!」
 それは闘いに負けた罰だったか、激しく抵抗をするトクマの意思は絶大で、手を離した一瞬の隙に自らの首を絞め千切ってしまいそうだったから、コウムラも必死になった。正に死を賭ける思いで、暴れるトクマの頬に思い切り平手打ちを食らわす。パァン!と小気味いい音がして、瞬間、トクマの動きが止まった。その間に力任せにトクマの体を抱き締める。
 「トクマ、落ち着け」
 「………ぁ、あ」
 「トクマ。」
 どくん、と心臓の音が聞こえた。気がした。
 二人して激しく暴れて、上がった体温が密着した互いの体に伝わっていく。その生々しい熱に、トクマの精神も少しずつ正常を手繰り寄せ始めているのかも知れない。どくん、どくん、と早いリズムで脈打つ音はトクマが生きている証拠で。その音にやや遅れて、同じように生を刻むコウムラの心臓の音も、きっとトクマに届くように、わざとより密着をする。
 「トクマ、聞け」
 「…」
 出来るだけ穏やかな声色を意識した。それは自らの興奮を冷ます意味もあって、そうでなければ、何かとんでもない事を言い出してしまいそうだった。それともそれこそが今まで口に出しては言えなくて、でもずっと伝えたい事だったのかも知れない。
 「トクマ。この世の中に、死んでもいい人間なんかおらへんねや」
 本当は少し言い淀む。もしかしたら死ぬべき人間は世の中にはごまんといるのかも知れないけれど。そうじゃなくて、本当に言いたい事は。
 「おまえは生きろ。生きなアカン。俺が―――生きて欲しいねん」
 そう、要するにトクマを死なせたくなかったのはコウムラ自身で。いつしか自分の中で、その存在の異質さに気が付いていた。分裂した人格を孕むトクマの特殊さのせいにしながら、表立っては何も出来ないで、その生き様を見守った。ある日コウムラのマンションに転がり込んできたトクマは、表の天真爛漫さとは裏腹に、なかなか本音を明かさなかった。人当たり良く立ち回りながら、肝心な事は何一つ話さなかった。稀に、酒の勢いでぽつぽつと零れてくる母親や姉の面影でやっと、トクマの輪郭を掴んだに過ぎない。
 屈託なく見えて実は繊細なトクマが事実から目を逸らさないように。日頃から揶揄に混ぜて「おまえは疫病神」だと言って聞かせた。そうやってトクマが現実に慣れればいいと思った。言いながら、矛盾する内心でそれはおまえのせいではないのだと、本当は、言ってやりたかったのに。
 「おまえが好きや、トクマ」
 「――――――コウムラ、さ…」
 ゆっくりと、トクマの体から力が抜けていく。導かれるように、ぼとり、とトクマの目から大粒の涙が落ちた。
 それがきっかけで、あとは堰を切ってあとから溢れる涙が洪水のように流れ出て、呼吸をする事すら困難で、しゃくり上げる隙に言葉を紡ぐ。オフクロ、とかアネキ、とか。小さくおとうさん、と呟かれた声も黙って聞き流して。あとはごめん、ごめんなさい、と謝り続けるトクマの髪を、優しく撫でる。緩いウェーブのかかった髪は乱れてぐしゃぐしゃになっていたから、指を入れて、撫でるように何度も、何度も。
 「俺…生きていてもいいんですか…」
 ため息のように、小さく吐き出された質問を、トクマはずっと、誰かに問いかけたかったのかも知れない。
 1人抱え続けたトクマの悲しみ、恐怖、混乱、諦め、そして希望。
 トクマはずっと、寂しい子供だったに違いない。誰に抱き締められる事もなく、誰に頭を撫でて貰う事もなく。待っていても誰も話しかけてはくれないから、自分から行くしかなかったのだ。明け透けな物言いの内心で、本当は、ずっと人間を怖がっていたのかも知れない。
 「生きてもいいんですか」
 今、トクマは最後の審判を待つ。もう悲しい思いは嫌だ。怖い思いはしたくない。けれど、その言葉を聞かなければ、これ以上一歩も動けなかった。コウムラがくれるその言葉を胸に、立ち上がれる気がする。
 体を起こしたコウムラが、涙に濡れたトクマの顔を覗き込む。吸い込まれそうな白い肌が奇跡のように震えて、赤い唇が開いた。
 「生きてくれ、俺の為に」
 今。トクマの闘いが完全に終わった訳ではなかったけれど。
 死力を尽くして闘ったトクマに得るものはあったに違いない。明るくて臆病で、優しくて卑屈なトクマ。他人から傷つけられる事がないように、悲しませられる事がないように。辛辣な言葉を投げつけて、世の中の全てを憎んだもう1人のトクマは、ある意味トクマを守ろうとしていたのかも知れない。そのギャップにトクマが困惑しても、そうする事で「強く生きろ」と。
 それもトクマには違いないのだから、コウムラは好きだから、共に生きていけばいいのだと。
 「……はい」
 神妙に頷いたトクマは、そしてまた、涙を流した。
 もはや顔中涙に濡らして、今まで泣き溜めていた分を一気に放流するように。唇を寄せて、その涙を掬おうとしたコウムラは、延々終わらない作業に僅か、苦笑いを浮かべる。けれどその流れる涙こそがトクマの生きている証だから。

 だから。トクマが今、生きている事が嬉しいとコウムラは思った。



*****
こうだったらいいな、という願望でした。

2006年08月12日(土) アントーニオin雛��(昴雛)


 「おはよう、スバル」
 「おはよう、アントーニオ…最近、アントーニオ率高いねんな」

 例の騒動から数日。朝一番に掛けられた声色だけで、今の人格がどちらなのかくらいはもう、分かるようになっていた。考えれば当たり前だとは思うのだけれど、村上の呼ぶ自分の名前とアントーニオの呼ぶ名前には歴然とした違いがあって、今、アントーニオが呼んだ「スバル」は村上より少し、毅然とした佇まいを持って、渋谷の耳に届いた。
 「ヒナのヤツ、ここぞとばかりに楽しょーと引っ込んで寝とるんちゃうか」
 なんとなく。自分の言った言葉がアントーニオに対して失礼というか、悪い気がして(まるでアントーニオが出てきては行けないような言い方が)村上を茶化して冗談に絡めてみた。しかしどちらをも生真面目に受け取ったアントーニオは、きりっと口を結んで、
 「そうではない。シンゴはおそらく、私の為を思ってそうしてくれているのだ。出来るだけ外に出ていた方が、何かきっかけがあるかも知れない、と」
 言って胸のあたりを押さえる。まるで今押さえた辺り、心臓のどこかにいる村上を思い遣るように見えるその仕草を、渋谷はじっと見た。
 アントーニオの言うように、ここ最近、村上に対する頻度が減っていた。ちょうど、と言うかたまたま、と言うか現在は夏恒例の舞台の真っ最中で、それ以外の仕事量が減っていたから、都合がよかったのだ。それでなくとも今年、村上が演じる役は二重人格の青年だったから、今の彼(ら)の状態に嵌ったとも言えた。それもやはり村上の気遣いだったのか、彼の時代にも「演劇」はあったから、最初は戸惑いもあったものの一度演じてしまえば興味が沸いたらしい、今はアントーニオが「トクマ」を演じる事も多く、それは自分達に対してなかなか本音を言い切れないアントーニオの、感情の吐き出し場所を村上が提供しているのかも知れなかった。
 自分と、自分ではない誰かが同居している自分。その気色悪さを彼らのどちらもが体感でもって、実感しているに違いない。唐突に時空を越えて「現代」に転生、しかも姿は似ていても確実に自分ではない何かの中に入り込んでしまったアントーニオはもちろん。外見も中身も自分には違いないのに、そうではない何かを孕んでしまった村上は、特に。
 「…あんな。悪いんやけど、ヒナ呼んで貰えへんかな?」
 渋谷の視線を受け止めたアントーニオは、その顔を数秒、じっと見つめた後、僅か微笑みを浮かべた。
 「クローディオ様の顔をしたあなたに頼まれて、断れる筈もない」
 言ったアントーニオが、口元に微笑みを残したまま、静かに目を閉じる。やや首を擡げて、しばらくの沈黙の後にゆっくりと目を開け、顔を上げて、「村上」が戻って来た。
 「ヒナに会うんは久し振りやなぁ」
 「そんなん、毎日顔は合わせとるやろ?」
 「やから”ヒナ”に会うんは久し振りや、言うとる」
 村上が言葉を発する前に、その目つき目線だけで「村上」だと分かる気がするのは不思議だった。それは感覚でしかないのだけれど、何となく自信があって。だから性急にも見えるタイミングでかけた言葉を、普段以上にリラックスした村上はかわそうとするから、思いのほか強い口調になってしまった。言われた村上は渋谷の言わんとしていることを察したらしい。一瞬、口篭もる。
 「…」
 「おまえに言うとこ思って。」
 何を、と聞かれるまでもなく、渋谷は村上に言いたかった。腹黒に見えても実際今、村上がしようとしている事はアントーニオに対する優しさに他ならない。自分を犠牲にしてでもアントーニオが生き易いように。もうひとつの人格ばかりを表に出すリスクや、その副作用を全く考えない訳でもないだろうに。
 「今更言うことやないんかも知れんけど、俺はおまえが好きやし、それはおまえがおまえやから好きなんやけど、やからおまえがおまえやなくなっても、変わらへん思うよ」
 まるでこの夏彼が演じている「リンタロウ」のように、同じ言葉を重ねた渋谷は、やや口下手になっていたけれど。
 変わらないのは、渋谷の気持ち。村上を想う。
 分かり易く今の状態を言っている渋谷は、だから今の「二人の村上」がこの先どうなろうと、村上に変わりない限り大丈夫だ、と言っているのだ。
 「…俺が俺やなくなっても?」
 「ヒナがヒナやなくなっても。」
 「それってもはや俺と違うものなん違うん」
 「それでもヒナの片鱗が残ってる限り、俺はヒナと認める」
 大体、おまえは図太いんやから、かけらでも残っとったら隙を見て侵食してくくらい出来るやろ、と渋谷が言えばやっと、その言葉に村上が笑う。
 「すばるまで俺をゴキブリ扱いやなー」
 「そぅや。信じとるねん」
 無意味に胸を張った渋谷はその時、何だか神々しく見えて。今ここにはいないアントーニオの気持ちが分かったような気がした。まるで王を崇める感覚で、村上は、渋谷の言葉を胸に抱いた。



*****
どうせなら�G麓�コンプリ(笑)

2006年08月09日(水) アントーニオin雛�◆焚�雛)


 「ヨコ。」

 呼ばれて振り返った横山は、何だかほっとした顔をした。
 「今は…ヒナか」
 「うん。今は部屋に引っ込んでるみたいや。疲れて寝とるんかな?物音せぇへんし」
 「そぅか」
 「うん」
 それだけで一瞬止まった会話に、横山が「何や?」と続きを促す。何かを言いたくて自分に声を掛けたんだろう、と。
 「ぅん…ヨコ、ありがとぅな」
 「何がや」
 「何や色々迷惑かけてもぅて」
 「…そんなん、」
 それは自分だけではない、メンバーみんなが同じ筈で。謝るなら他のメンバーにもだし、そもそもメンバー内で迷惑だとか、面倒だとか、それすらが馬鹿げていると横山は思った。それこそが今更、水臭い。
 「でも、アントーニオが初めに声を掛けたのがヨコやったやろ?一番驚いたんちゃうかなー思って」
 「まぁそら、驚いたけど」
 確かにあの時、村上の顔をしながら村上ではない雰囲気を持ったアントーニオに、一瞬でも背筋が寒くなったのは確かだった。目の前にいる村上が自分の知っている村上でなければ、これは一体誰なんだろうと。人格が入れ替わっていたのだと分かった今でこそ素直に理解も出来るけれど、それに気付かなければどうなっていただろうと思う。なまじ見た目が村上のままなだけに、捉えどころのない、複雑な気持ち。違うものの入った、村上の入れ物。
 だから今、横山は、村上が「ヨコ」と呼ぶ声を何だか懐かしく思う。
 アセンズの時代、二文字の名前は殆どなかったらしい。愛称ではあるのだけれど、「ヨコ」と呼ぶ事に慣れなかったアントーニオは結局「ヨコヤマ」と呼んだ。(だから「マルヤマ」なのだがこちらは誤解が解けた今でも「シートン」と多々呼ばれる。渋谷は「スバル」でOKらしい。ちなみに安田はここぞとばかりに「ショウタ」と呼ばせていた。それに倣った大倉も「タッチョン」と呼ばれているらしい…が、「たっちょん」の発音が難しくてアントーニオは大倉をあまり呼ばなくなったとか。そういえば錦戸は面倒だからと「直樹」のままだった)
 村上の声なのだけれど村上の質感ではない、そんな声で聞き慣れない「ヨコヤマ」と呼ばれる事に、違和感を感じていたのかもしれない。もしかすると違和感よりもっと感傷的な、…寂しさ、とか。
 村上の姿をした村上が、村上でない事。何か舞台の続きを見ているような。迫真の演技をする村上が、演技を止めなかったらこんな風になるのだろうか、と横山は思った。考えてみればそれは恐怖には違いなくて。だから今、村上の中身が戻って来た事に感謝する。思いのほか安堵している自分に気が付いた。
 「ヨコ?」
 それきり黙り込んだ横山に、困惑気味の村上の声が聞こえる。ヨコ、と呼ばれるたびにその思いは膨らんで、とうとう横山は、村上の手を引いた。勢いのまま、その体を手の中に抱き込む。
 「…どないしたん」
 「どうもせぇへん」
 そう、どうもしない。ここに村上がある限り。変わるものはないのだと、横山は思った。



*****
続きました。

2006年08月08日(火) アントーニオin雛(関∞)


 父上!と、叫んだ主を振り返って、そこにいるメンバーは一様に何か不思議なものを見るような顔をした。

 「…ヒナ。頭おかしなったんか?」
 「父上こそ、どうされたのです。その妙な格好は何なのですか」
 妙なと言われたTシャツにジーパン姿の横山は、シャツがめくれて腹でも出ているのか、それとも食べ物のシミが付いているのかとぐるり体を見回してみたものの、よく考えたら上下ジャージ(しかもあずき色!)の村上に言われる筋合いはない、と正面を向き直った。
 「おまえの格好も見てみろや」
 稽古場の鏡の前に導くと、自分の姿にまた驚いたような村上の様子。どっきりの範疇を越えた迫真の演技に、これはひょっとして、実際演技ではないのかも知れない、と横山が思い至った時。
 「ヒナ、一体どないしてん」
 村上の視界に入り込んだ渋谷を認めた瞬間、また村上の目が見開く。「クローディオ様まで…!その変な髪形は…!」と言われた渋谷は、頭の上でおだんごを作ったヘアスタイルが、村上的にそんなに気に入らないのかと若干凹んだ。のだが。
 「いや、これはまさか…」
 呟きと共に近づいた錦戸は、自分が何と呼ばれるのか予想をしていた。案の定、目が合った村上は、驚きと懐かしさの雑じり合った、複雑な表情になった。
 「…直樹。」
 今、自分を見る人と実際に対峙している時、彼に名前を呼ばれた事はそういえば一度もなかったな、と錦戸は思った。
 「やっぱり。舞台上のキャラが村上くんに降りて来たんですよ」
 「え?!ってことは…この人、アントーニオ?」
 「何故、私の名前を…!」
 早い遅いの違いはあれど、そろそろ場の全員が、事態を把握し始めていた。唐突に理解したらしい安田が素っ頓狂な声を上げたのに、知らない人を見る目で警戒心を露にさせた村上…ではない今はクラッスラ・アントーニオその人と目を合わせた安田は、あれ?と思った。
 「俺の事は知らないんだ?」
 「だって、劇中アントーニオに妖精の姿は見えなかったんだもの。我々の事は覚えていまいよ」
 ちょっとだけ寂しげな顔をした安田に、答える大倉は何だか芝居がかっていて。実際、エルフィンが降りて来た様な物腰になった。
 「うーん、俺に本当に魔法が使えたら、何とかしてあげるんだけどなぁ」
 「妖精…?魔法?この者達は何の話をしているのだ、シートン」
 「いえ僕、丸山です」
 真顔で間違いを訂正した丸山に、当事者達以外の全員が一斉に吹き出す。おいおいマル、違和感なくシートンやと思われてたで!と、指を指して笑い転げるメンバーに、この時点で危機感はあまりなかった。



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二重人格=表裏=遊@王=王様で、書いてみたアントーニオin雛(笑)

2006年08月05日(土) 月と海。(トクマ+リンタロウ)


 「トクマ」

 口下手なリンタロウが自分を呼ぶ声まで、不思議と舌足らずな気がする、とトクマは思った。
 「トクマは、コウムラが好き」
 語尾が下がったせいで、断定をされたような気になったリンタロウの言葉は、実際はトクマへの問いかけだった。
 果たしてコウムラの事が、好きなのかどうか?
 そう聞かれても、トクマ自身が明確な答えを知らない。憧れなのか、愛情なのか、それとももっと別のものなのか。コウムラが自分を見る視線を嬉しいと思ったのはいつからだったか、それはひどく優しくて、「見守られている」と自惚れてしまった。
 自分の中に居る、もうひとりの自分。初めこそ受け入れようと思った。知らない間に出てきて、知らない間にいなくなる自分。それだって自分には違いないのだから、否定する事は出来なかった。けれど、そのうちに怖くなった。知らない間に言葉を発している自分。その言葉が、他人を傷つけている事に。そしてその事に気付かない自分自身に。
 だから、消し去ってしまいたかった。消え去って欲しかった。
 抹消しようとしたもうひとりの自分と向き合って、付き合え、とコウムラは言ったのだ。
 その言葉に、果たして救われたのかどうか。もうひとりの自分が、トクマの弱さである事にトクマ自身も気が付いていたから、厳しいコウムラがその人格を受け入れろ、と言った事に少なからず驚いた。トクマ自身が容易に認められないでいる自分を、コウムラが認めてくれた事が、嬉しかった。
 それらが果たして愛なのか、トクマには分からない。
 「…分からへん」
 ぽつ、と呟いたトクマの声に、リンタロウは大きな目を瞬いて、首を傾ける。
 「歌に、したらいい」
 「…歌?」
 リンタロウの言葉に、今度はトクマが首を傾げた。体を向き合って、僅か距離を詰めたリンタロウが、トクマの目の前に迫ってくる。両目を覗き込むようにして、リンタロウの漆黒の瞳がトクマを見た。
 「言葉に出来ない気持ちは歌にする。歌なら、うまく伝えられる」
 喋るのが苦手なリンタロウは、そうやって、歌にして気持ちを伝えようとしたのだという。不思議とメロディに乗せれば言葉は溢れて、きっとトクマの気持ちも、コウムラに届く筈だと。
 会話をするのは得意だった。他人に対して距離を感じないから、初対面でも物怖じせずに喋る事が出来た。けれど、とトクマは思う。たくさんの会話を操る自分より、不器用なリンタロウの方が、よほど気持ちを伝える術を知ってる。
 「俺、歌を作る。トクマの想いを歌う。コウムラにもきっと伝わる」
 曲を作ってくれるのだと言う。単語ばかりのリンタロウの言葉は、けれどじんわりと温かく、トクマの心に沁みた。確かに口下手かも知れないリンタロウは、しかしリンタロウの精一杯で、伝えようとしているのだと思った。
 だから。
 「…ありがとう」
 だから、向き合ってみよう、とトクマは思った。
 もうひとりの自分に向き合うように、コウムラと向き合う。伝えてみよう、と思った。



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タイトルはパンフレットから。
トクマは「月」、コウムラは「風」、リンタロウは「海」でした。

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