a Day in Our Life


2006年03月14日(火) それでイイんじゃない?(横雛)


 3月の中旬だと言うのに真冬並みに冷え込んだその日、随分と曇ってきたな、と思った瞬間にもう雪が降り出した。あっと言う間に窓を濡らして吹雪く雪に、堪らずワイパーを動かす。

 「雪って、はためくように降るんや」

 ぽつ、と呟くように聞こえてきたその声は、本当は独り言のつもりで言ったのかも知れない。村上の言葉にハンドルに手を乗せてフロントガラスを見上げた横山は、確かに雪の束がカーテンのようにはためいて落ちるのを見た。それからすぐに体を運転座席の背もたれに戻し、水平に見る雪は風に煽られて、襲うようにフロントガラスに向かってくる。もともと軽い固体ではあるけれど、随分と変化自在なんだな、とどうでもいい印象を内心で述べた。
 そうしながら、左カーブを曲がる隙に僅かに視線を滑らせて、助手席に座る村上の横顔を盗み見た。瞼を半分落としてじっと前を見る村上は、眠そうというよりはただ、疲れているようにも見えた。カーステレオのボリュームも落とした車内は、突然の吹雪も相まって急に冷え込んだ感覚を与えたから、寒くないかと聞こうとしたけれど、聞いてもきっと彼はううん、と首を振りそうな気がしたので、横山は黙ってエアコンの温度を上げた。

 (なぁ、俺『肩の力を抜け』て言うたやろ?今のおまえ、よっぽど疲れた顔しとんで)

 声に出してそう言おうとした横山は、けれど言葉にはならずに内心でそう、村上に語りかける。不調、と分かり易く言ってしまうにはもっとじわじわと慢性的な何かが、村上をゆっくりと蝕んでいるような気がした。
 仕事は手を抜かない。プライベートも。よく働きよく遊ぶ、そうするのは村上がそうしたいから。けれど今、隣に座る村上は、明らかに疲れた顔をして、覇気のない顔色を晒す。それを自分と二人きりだから、と自惚れてみる気には横山にはなれなかった。だからと言って村上に対して、問い質そうとも思わない。
 聞かない自分が悪いのか、言わない村上が悪いのか、横山は自問してみる。何かを一人で抱えているような村上は、落ちた瞼の半分で、見ている世界があるのかも知れなかった。内なる世界で村上が見ているのは、自身の内面か、それとも。
 AB型だから、と決め付けるつもりはないけれど、その特性として、やはり村上は異なる人格を抱え持っているのではないかと思う。ポジティブで躍動的な村上の裏に、泣き虫で疲れ易い村上はきっといる。以前ほど泣かなくなった村上は、泣かない分、溜め込んでいるものがあるのかも知れない。
 それを知っているからと言って、自分に何が出来る訳でもないのだけれど。
 知っていることは救いにはならないのだろうか。横山はまた、視界の端に村上を見た。その目は飽きず目の前の雪を眺めて、横山の考えなど及びもしない。それとももしかしたら横山の思考の先に気が付いて、それすら興味がないのかも知れない。それもまたどうでもいい、と横山は思った。
 村上の為に出来る事よりも、自分が村上にしてやりたい事。
 例えば今のこの、運転席と助手席の、近くも遠くもない距離。自分達が長い間、肩を並べて歩んできた距離。そうやって、つかず離れず側にいることが、横山に出来る事だった。そしてそんな微妙な距離感でもって、隣にいたいと思うのは横山だけではないのだと思う。だから、そうやって隣にいる限り、村上が崩れることはない、と思う。たぶん。
 
 「…あ。止んできた」

 また、ぽつりと村上が呟いた。今度は横山に聞いて欲しかったのだろう、その声を耳にまた同じように空を見上げた横山は、隣の村上が僅かに唇をほころばせたのを見、つられて微笑んだ。



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FTO小話。

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